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⭐️番外編⭐️ no.4 北の大地の鉄路の跡 【北海道各地】

道路網が未熟で、モータリゼーション以前の北海道。そこは鉄道の王国でした。
開拓から昭和の時代まで、北の大地の人々の暮らしを支えた鉄道は、今その多くが廃止されています。

ですが、今でも残る廃駅の数々は
昭和の香りを色濃く残し、そのかつての役割を今に伝えています。

炭鉱の町、漁業の町…様々な人と物を運んだ鉄路の跡を今回は巡っていきます!🚂

①旧広尾線 幸福駅(1987年廃止)

「愛の国から幸福へ」
のキャッチフレーズで全国的なブームを起こしてから早半世紀近く。
隣の愛国駅からこの幸福駅への切符を求めて観光客が集まったそうです。
今でも往時を思わせる保存状態で、近くには鄙びたお土産屋さんがあり、駅舎は幸せの切符だらけ…笑
ちなみに駅周辺は公園として整備されています。

年季の入ったものが並ぶ売店。


ホームも形としては残っており、
国鉄時代の車両が保管され、見学ができるようになっていました。

ホームの状態はブームの火付け役となった
NHKの「新日本紀行」の映像と同じ状態です!
(YouTubeで見れます…)

こんなところまで観光客が足を運んだのかと思うとすごいです…駅の周り何もないですから。

②旧興浜北線 豊牛駅(1985年廃止)

こちらはオホーツク海沿岸をかつて走っていた興浜北線の駅です。
保存などなされぬまま、厳しい北の自然に揉まれ40年近く。駅舎はかなり崩壊が進んでいました。

草原にポツンと。近くには家が数戸。
駅名の部分のパネルでしょうか、粉々です。


どうやら中は近隣住民の物置と化しているようです。


そしてなんと!
かつての時刻表が残っているではありませんか!

1日6往復…どれだけの人が乗ってたのでしょうか。
ちなみに天井はこんな感じ…
近い将来雪の重みで潰れてもおかしくはないですね。


ちなみに、当時鉄オタの興浜北線写真スポットだったという北見神威岬にも寄りました。
ネットで調べれば当時の写真が見られますが、
鉄路の有無以外は変わりありません。
当時は灯台の下を汽車が走っていたそうで…

夏の北海道は最高ですね!


③旧深名線 添牛内駅(1995年廃止)

そばの産地であり、道内屈指の豪雪地帯であるこのエリアには、比較的最近まで深名線が走っていました。
この添牛内駅は赤い屋根に水色の組み木で可愛らしい駅舎です。
鉄道ファンの方や地元の方の尽力により保存がなされていました。

反対側に回ると、ホームが残っていました。
線路後は低草になっています。

この景色を見ながら、列車を待つ心情。

この添牛内地区、往時は1800人の人口を誇ったものの、今では30人ほどとのことです。
確かにこの辺り、とても静かな場所でした。

④旧深名線 沼牛駅(1995年廃止)

こちらも添牛内駅に引き続き深名線。
まぁ深名線と並行する国道を車で走ったので、
この路線が多くなります笑
添牛内駅よりかはだいぶ南で、幌加内市街にも近いがこの豊牛駅。

こちらはだいぶ地味な色。


この駅も有志によって保存活動がなされているようです。

中を覗くと、あら!かつての遺構が集結!

時刻表のとおり、
「深」川〜「名」寄で深名線


こちらも裏手に回るとホームがしっかり残っています。
添牛内駅よりくっきりと線路跡が見えますね。

そば畑が一面に広がります。
当時もそばを運んだのでしょうか。
そば畑の真ん中にポツンと鉄道遺構。
その手のオタクではないので名前は分かりかねます😅


⑤天北線資料室@音威子府駅

音威子府駅自体はまだ宗谷本線の通る現役なのですが、かつてはここからさらに東回りで稚内へ向かう天北線(1989年廃止)が走っていました。
今では道内で一番人口の少ない村ですが、
かつては国鉄職員やその家族がたくさん暮らしていたようです。
飾られていた物を詳しく知っているわけではないですが、そう広くないスペースにぎゅっと詰め込まれていました。

おといねっぷって語感が好き笑
「お〜い」もツボ。
75年もの歴史でも、約40年経つと
中々記憶は継承されないものです🥲


⑥宗谷本線 抜海駅(2025年廃止予定)

またまた現役の駅なのですが…
こちらは宗谷本線の抜海駅!
かねてから駅名のイカついフォント看板を
知っていたので、どんな駅かと向かうと…

びっくりするくらいの大自然にポツンと駅。
道道106号から向かったので、
本当にここに駅があるのか心配になりました…笑

こちらがかの有名な「抜海駅」看板。

達筆!

駅舎の中はこんな感じ👇

赤色が特徴的なドア、
ガラガラと鳴りながら開け閉め。
JRのポスターに使えそうな空間


そして、駅舎には漫画や張り紙、落書き、置き物が沢山ありまして…

どうやらキョンキョンが撮影に来てたみたい
利用客同士で会話しているメモ書き、
なんだか伝言板みたいです笑
なぜか「少年アシベ」も大量発生。
ホーム側は二重構造になっていました。
寒さ対策ですね🥶
この可愛いキャラの向こうにはボットン便所です💩


壁に目を向ければ、そこは時代を超えたメッセージだらけで…

描き人知らずのイラスト。
もう何年もこの駅にいるんでしょう。
2時間も待ってたのか🥺
確か他にもこの人のメッセージがあったり、
定期的に来てるカップルのメッセージがありました。


ホームの様子👇

ホームの様子。
こんな端歩いてるやつは
気を「たしかに!」ということなのか…??


大正生まれで今年で100年目を迎える抜海駅ですが、残念なことに2025年度春に廃止予定。
かつては1日100人以上の利用者がいたようですが、2012年の時点で1日2人だそうです…仕方ない…🥲
駅舎が大切に保存されるといいですね。

⑦旧函館本線 神居古潭駅(1969年廃止)

函館本線は今でも北海道の大動脈ですが…
こちらの神居古潭駅は、函館本線の線路付け替えによって廃止になった駅です。

調べたところ駅舎は1989年に再現されたもので、今では旧線上がサイクリングコース化。

神居古潭自体が継承地なので、ちらほらと観光客の方もいました(自分もだろっ!というツッコミが来そう)

洒落た洋風建築です
この駅名標、営業当時のものなのだろうか…?
よくJRの駅にある名所案内の看板も。
SLも安置
かつての線路、熊でそう定期。


ちなみに神居古潭そのものはこんな感じでした。
※神居古潭って神々しい感じがするけど、ほんとにアイヌの神話が関係あるようですよ。

木でできたでっかい橋
橋上からの景色、きれいだ!


相当な長編になってしまいましたが…
お次が最後です!!!

⑧旧大夕張鉄道線 南大夕張駅(1987年廃止)

「だい」ゆうばりではなく、
「おお」ゆうばりですよ!!

…ということで、
こちらは夕張市内にある南大夕張駅です。
今までの駅と違ってこちらは「三菱石炭鉱業」が運営してた路線、つまり炭鉱のための路線なのです🪨

こちらも有志の方がしっかりと管理されているようで…
まず、駅名標と列車。


列車はなんと中に入れるのです!


木でできてるよ!木!!🪵

乗っていたのは炭鉱労働者か、その家族だろうか…

座りごごちはあまり良くなさそうですね笑

網棚がちゃんと網です。

ちなみに隣の車両に蜂の巣があったらしく、
終始ビクビクしてました🐝


石炭を運ぶ貨車でしょうか?

三菱のマーク!よっ財閥系!


すんごいレトロなバスも。

そして極め付けはラッセル車!

ラッセル車はたしか雪をどかすやつですよね?💦



まとめ

と、いうわけで今回の北海道廃駅廃路線巡りはおしまいです!

人の営みの栄枯盛衰の象徴である鉄道遺構たち。
もう使われなくなって半世紀近く経つものもあれど、なんだか今にも列車が来たり、昭和の人々の息遣いが聞こえてきそうで…

でもそれと同時に厳しい北の自然に段々と飲み込まれていく様も、なんだか美しいなと思えたり。

だいぶB級な北海道観光でしたが
胸にグッとくる懐かしさを感じられた、
そんな鉄路の跡でした❗️

今回もと〜っても長編になりましたが、
ここまで読んでくださり 
ありがとうございました🙇‍♂️

【訪問日時】2023年9月上旬
【所在地】
①帯広市幸福町東1線
②枝幸郡浜頓別町豊寒別
③雨竜郡幌加内町添牛内
④雨竜郡幌加内町下幌加内
⑤中川郡音威子府村音威子府509-98
⑥稚内市抜海村クトネベツ
⑦旭川市神居町神居古潭
⑧夕張市南部大宮町121

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