愛しい人
自宅で看取った祖母の葬式後、箪笥の中を片付けていたら、一通の会葬御礼が出て来た。
母はそれを見るなり、「あれ!おばあちゃんたら。お父さんが連れてったの?」と新聞を読んでいる父に声をかけた。
父は何も言わず。
母は「おばあちゃんは、一人じゃいけないもの。誰か連れて行かなきゃ。連れてったの?」と父に問いただすと「しらねーよ。」と父はうざったそうに言って、後ろ向きになった。
「どうしたの?」と私が聞くと母は「おばあちゃんの片恋の人よ。この人。」と。
母と祖母は実の親子かと思うほど、仲が良かった。何でも話していたのだ。祖父は私が中学生の頃、10数年間の痴呆症の末に亡くなった。祖父は痴呆症になるまで、頑固で喧嘩っぱやくて、ハッキリ言うと嫌われていたそう。 孫の私には優しいおじいちゃんだった。
その祖父と結婚後にアイスキャンディーを売りに来たのが、会葬御礼の人。お家は名家でまだ若いので修業がてら、アイスキャンディーを売り歩いてたそう。祖母とその人は、お互い惹かれたそうですが、将来は社長になる身のその人とは身分違いの恋で叶わなかったそうです。
その話自体、私は初めてで衝撃的でした。
「だから、お姉ちゃんが恋人と別れた時に気持ちはよくわかるといつもおばあちゃんが言ってたでしょ。」と母は言う。
そう言われてみれば…。 そして、なぜお葬式に行けたのかもわかった。
祖母は毎日お悔やみ欄を見ていた。歳を取れば当たり前なのかと思った。今日は誰さんが亡くなった、まだこんなに若いんに、100才だって、毎日、お悔やみ欄を見て話していた。
そうか、探してたんだ。その人を。最期は会いたかったんだ。
そして、連れて行ったのは父だ。 後ろ向きでも、話を聞いて出ていかない。
その時、「やだよ。おばあちゃんはこんなところまで。」と母が掛け布団の顔に当たる部分のタオルを見せて言った。
汚れよけに祖母が縫い付けてあったタオルは、その人の会社のものだった。社名はわからないように内側になっていた。
「おばあちゃんたら。本当に好きだったんだね。」とその場にいた皆でしんみりとした。
でも、私は知っている。
亡くなる前日、ベットの上に飾ってある祖父の遺影に向かって、祖母は手を伸ばした。
「じいさん、早く連れてっておくれ。じいさん。じいさん。」
と。
最後は長年連れ添った祖父を求めたことを。
今はお空で皆で仲良く暮らしていることを。
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