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ゆうれいのはな2

 気づいた時には、家の布団で眠っていた。帰ってきて何もできずに横になったから、布団に触れていない部分からは体温が抜け落ちてしまっている。つめたい足を抱え込んで、布団を体に巻き付け、じっとしていると少しずつ全身が温まってきた。部屋の灯りは消えたままで、カーテンを開け放した窓から外の暗闇が窺える。今は、何時だろう、時間を確かめたいけど、カバンに入れたままのスマホを取るために起き上がる元気もなく、室内が薄く反射した真っ黒な窓を見つめる。

 反射した窓の中に映る花瓶に入った花は弱々しく首を垂れている。退職祝いにもらったそれは、黄色く美しく咲き誇る花を中心に纏められており、たいして喋ったこともない後輩の女の子が私の今後の活躍を願って、選んでくれたらしい。

「由里香さんが退職されて、別のお仕事をされても、今後益々のご活躍と、ご健康を祈っています」

祈ってくれるだけありがたいのかもしれない。私は私自身の今後なんて考えられないくらい、もう、どうでもいいのに。

 街中で甘い香りが漂っていた2月。私の足は止まった。何がきっかけか、何がそうさせたのか、自分でもよくわからないけれど、ここにいたくないと思ったが最後、出社しても何も手がつかなくなってしまった。最初に違和感に気づいたのは、同じ部署の先輩で、悩みでもあるのかとご飯に誘われたが、やんわりと断り帰った。自分でもよくわからないただ、ここにいたくない、という気持ちを悩みとして話せるほど言葉として成熟した感情ではなかった。次に気づいたのは、別の部署の同期で、それはもうはっきりと「会社、辞めるの?」と尋ねられた。そこで初めて、私にはここから去る方法があり、それは退職することだと気がついた。まあ、これだけ働いてこれっぽっちの収入じゃあねぇ、と小さくため息をつく同期に「ありがとう」と告げたその夜に、退職願の書き方を検索した。

そこからはもう、誰の言葉も耳になんて入ってこなくて、上司に退職することを告げれば、この仕事の引き継ぎ書を作れば、引き継ぎの説明をすれば、ここを去れるのだ、その思いで働き続けた。だから、今後のご活躍、なんて考えてもいなかった。

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