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自分の幸せは自分の中にある【前回の補足説明】

 「他人と比較しない、自分軸で生きる」というのは、短い文章ではなかなか伝わりにくいかもしれないので、もう少し丁寧に書きたいと思います。

 「他人と比較しない」というのは、親が褒める時や注意する時に、子ども(私)のことだけを話してくれることを指しています。「あなたが〇〇を頑張ってできるようになったんだね。」と褒めることで、そこに第三者を持ち込まないということです。(例えば、「△△ちゃんは、◇◇できるじゃない。あなたはどうしてできないの?」などと、他の子どもと比べて発言しないということです。)

 自分の幸せは自分の中にあるから、「他の人と比較しなくても、自分自身の成長を嬉しく思ったり、小さな幸せに気づいて嬉しく思うことができる」のは、子どもの頃「誰かと比較されて、評価される」ということを経験していないというのも理由の一つなのではないかと考えています。「自分軸」というのは「足るを知る」という言葉にも繋がる考え方であり、前回の記事も今回の記事も「こう生きるのが正解」という文章ではありません。ただ、他人と比較して、自分の方が優れていると確認しなければ幸せを感じられないような、もしくは幸せのあり方を他人の基準で決めるような、他人軸をもちながら生きていくのは、私だったらしんどいなと思っています。

 中学2年生の時だったと思います。放課後にクラスメイトの男子生徒と「自分の価値を決めるのは自分か、他人か?」というトピックで大激論をくりひろげました。私は「自分の価値は自分で決める。自分を高める努力をしていたら、他人の評価はあとからついてくるものだ!」という主張で、彼は「自分の価値は他人からの評価で決められるものだ。周りの人や世間が決める評価に標準を合わせて、自分は努力をしていかなければいけない。」という主張でした。(中2の主張なので、世間知らずで粗削りなのはご容赦ください。)    
 結局議論はしばらく続き、"We agreed to disagree."(意見は違うけれど、主張は分かりました。= お互い「同意できないね」ということには同意できるね。)ということで、その議論は終わりました。

 その後大人になっても、1年に1回程度でしたが、彼とは連絡を取り合っていました。社会人になる年、私も彼も長年の夢を叶えました。彼の仕事は責任感とストレスが大きかったと思うのですが、生き生きと働いていました。しかし、彼は1年半程で精神的にしんどくなってしまい、退職しました。
 彼が仕事を辞めた理由は、たくさんあると思いますが、「他人が自分をどう思っているのか、どう評価しているのか」をいつも気にしていたこと、「他人軸で生きていたこと」も、彼のしんどさに拍車をかけた可能性もあるのではないかと考えています。

 現代社会で、自分を他人と一切比較しないで生きていくというのは、無理でしょう。(ネットの通じない無人島で、たった一人で生きていくことになったとしても、「他の皆は孤独ではないんだろうなぁ、いいなぁ」とか、思いそうですよね。)
 そして、比較することが常にネガティブなのかというと、そうではありません。子どもから段々と成長していくにつれ、他人と比較することで自分の立ち位置を確認し、目標を設定したり、もっと頑張ろうとモチベーションが高まることもあると思います。
 ただ、自分の人生は自分で舵を取る(責任もとる)という意識をもって、自分軸を大切に生きていきたいと思っています。そして、私の息子にもそうやって生きていってほしいなぁと願っています。
 

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