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【春秋一話 10月】 「平成の経営の神様」が遺したもの

2022年10月7日第7166号

 稲盛和夫氏が8月24日に逝去された。27歳で京セラを創業し日本有数のメーカーに成長させ、その後もKDDIの設立、JALの再建などに携わり、「昭和の経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏と並び、「平成の経営の神様」と呼ばれた。
 日本の著名な経営者には、ソニーの井深大氏やホンダの本田宗一郎氏なども挙げられるが、二人はモノづくりの天才ではあったが経営には無頓着であり、支える参謀がいた。
 また、現代ではファーストリテイリングの柳井正氏やソフトバンクグループの孫正義氏が挙がるが、この二人に共通しているのは後継者選びに失敗している。
 一方、松下氏は「事業部制」、稲盛氏は「アメーバ経営」を経営に採り入れ、権限移譲を行うなど組織を独立経営させることで社員一人一人に経営者としての意識を植え付けた。事業を興し成長させるだけでなく、後継者を育成し大きな遺産を築き上げたことが日本を代表する経営の神様と呼ばれる所以だろう。
 筆者もこの二人の著書から影響を受けた一人であるが、管理職となって読んだ稲盛氏の次の2冊が特に印象に残っている。
 2000年代初めに「アメーバ経営」という言葉を目にし、稲盛氏の「アメーバ経営:ひとりひとりの社員が主役」という本を読んだ。扉に「企業経営に心血を注いで五十余年。人間のあり方、リーダーのあり方、経営のあり方を学び、アメーバ経営を創り出すことができました」とあるとおり、単なる経営手法ではなく人や会社をつくる哲学でもあった。
 当時、勤務していた組織の中でも「チーム活動」は行われていたが、営業や業務を小集団で行う「活動」であり「経営」とは大きな違いがあることを感じたものである。
 もう一冊は「京セラフィロソフィー」。京セラ社内全従業員に手帳形式で配布され常に携行されているバイブルであり、従業員に対して規範を示すだけでなく、必要な考え方や正しい生き方などが網羅されている。それまで社内だけで門外不出とされていたが、2014年に一般向けに書籍として出版された。
 この中の一つに「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式が掲載されている。
 能力と熱意は0点から100点まであり、これを掛けるので、能力を鼻にかけ努力を怠った人よりは、普通の能力しかないと思って努力した人の方がすばらしい結果を残す。
 考え方とは生きる姿勢であり、マイナス100点からプラス100点まである。マイナスがあるので考え方次第で人生や仕事の結果は180度変わる。人間としての正しい考え方をもつことが何よりも大切だという。実にすっきりと腹落ちする方程式だと思った。
 稲盛氏は2010年に当時の民主党政権から経営破綻した日本航空の再建を依頼され、再建しなければ日本の将来が危ういとの使命感のもと無報酬で会長に就任する。就任後に稲盛氏が行ったことはそれまでの稲盛イズムの全社員に対する徹底した浸透であり、使った手法が「アメーバ経営」と「JALフィロソフィー」であった。それから3年経たずに日本航空は再上場を果たした。
 先日、日本航空の管理職の一人がテレビのインタビューに「倒産するまで決算とか配当とか考えたこともなかった、稲盛さんが我々の意識を変えた」と語っていた。
 組織を運営していくうえで人の意識を変えることほど難しいことはない。
 不確実な時代に生きる私たちにとって改めて稲盛氏の遺した功績から学ぶことが多いのではないだろうか。
(多摩の翡翠)


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