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【コラム】焼け跡に裸電球がポッと

年が明けた。わが身辺も世界も、とてもじゃないが「めでたい」などと書けない気持ちがまさって、賀状では礼を失したかも知れないと思い返す。

書棚から一冊の本を抜き出す。いまは亡き小沢昭一さんが生前、万年筆でサインしてくれた『わた史発掘』という本はぼくの宝物でもある。何年か前、演奏の帰りに盛岡に立ち寄り、入った蕎麦屋で多くの著名人の色紙にまじって小沢さんの筆跡を見つけた時は「同じ達筆で!」と嬉しくなった。

その本には小沢さんが歌った「ハーモニカブルース」誕生の経緯も書かれている。毎年、8月が来ると、ある時は“戦中派”の末弟として、ある時は“戦後派”の長男として小沢さんはよくテレビに引っ張りだされたという。

小沢さんの平和主義は、戦争に負けて焼け跡に裸電球がポッと灯った時、ああ、平和はいいなァ、世の中、他のことは何がどうなったって、戦争さえなきゃいいや、と思った実感に発し、その実感を保ちつづけようとしているだけだと書く。それがいつの間にか

「喉元すぎて熱さを忘れ、いま、再軍備論がまかりとおる。/曰く、世界中で軍隊のない国はない。/曰く、スイスは永世中立国だが、軍隊は充実。/曰く、自分の国を自分で守るのは当たり前。/曰く、妻子が力で襲われた時、あなたは黙って見殺しにするのか。/これらはすべて、暴力団がピストルを備えるのと全くおなじレベルの論理だろう。/いま、百歩をゆずって、右の曰く曰くがジョーシキだとしても、あの時かかげた軍隊放棄は、生まれてはじめて完膚なきまでに敗れた日本が、敗戦のショックで心がスウーッと一瞬透明に澄みわたり、ものの真理が見えてつかむことが出来た、ジョーシキなどは超えた卓抜の発想である。サルマネ日本にしては、唯一の地球史の先読みが出来た壮挙であったぞ」

わた史発掘 戦争を知っている子供たち(岩波現代文庫)2009年

と。

谷川俊太郎が小沢さんに取材して成った「ハーモニカブルース」の詩の一節には、ハーモニカがほしい、もう兵器はほしくなかったんだ。戦争は負けたけど、ハーモニカが吹ける、というような趣旨の文句がある。小沢さんは、「ハーモニカ」を心の中で「平和」あるいは「文化」という語におきかえたりして歌っていた、とも告白する。戦争を体験した小沢さんの平和への切なる思いは、ウクライナ戦争という、まさかの戦争が起こってしまったいまを生きる私たちが真剣に受け止めるべきものだろう。あの時の“熱さ”をそう簡単に忘れるわけにはいかない。

(2023.1 ハーモニカライフ99号に掲載)

岡本吉生
-Profile-

日本唯一のハーモニカ専門店「コアアートスクエア」の代表。教室を主宰するほか、1996年にはカルテット「The Who-hooo」を結成。全国各地に招かれて演奏活動を続ける。
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