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夜はいつでも回転している

93夜 夢の涯てまでも


なんとなく、誰も自分の事を知っている人がいない場所へ行きたいと思うが、それはなかなか難しいと彼は考える。隣で眠る(実際には眠ってはいないが)彼女を起こさないようにベッドを抜け出して静まり返った街に出る。建物の明かりも街灯も全て消えている。月明かりに照らされた城やゲートを通過する。彼は車も持っていないし最終電車の時間も過ぎている。歩きながら何処かを目指した。知らない場所ならどこでもいい。自分の事を知らない街ならどこでもよかった。しばらく歩くと飲み屋街があった。街行く人たちはみんな彼を見つけると声をかけて一緒に写真を撮りたがった。彼はいつもと変わらない笑顔を向けている。それから彼は行く先々で声をかけられた。自分が行ったことのない知らない街でも、みんな彼のことを知っていた。通りかかったバーから音楽が聞こえてきた。今まで聞いたことのない音楽だった。店の前の黒板には「PATTI SMITH AND FRED SMITH Live」と書かれていた。歌を歌っている女性と目が合うとウィンクしてくれた。
 

彼は結局自分の家に戻ってきた。海に浮かぶ月を眺めながら彼は自分があの月と同じなのだと思った。それは希望とか絶望とかとは無縁の感覚だった。永遠を与えられたネズミは静かにベッドの中へ潜り込んだ。彼の影はずっとベッドの中で眠っていたようだ。彼は夢を見ることはない。なぜなら彼は夢の国にいつもいるからだ。


End

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