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【朝読書】"自由=嫌われること"/人は人、自分は自分という考え方

今日も引き続き、"嫌われる勇気"を読みました。

今日は、嫌われる勇気の中でも最も重要な箇所です。

それは、本のタイトルでもある「嫌われる」ということです。

人の多くは、他人から嫌われたくないですよね?

私も学生の頃は、かなり嫌われたくない症候群でした。笑

人の顔色をうかがうことが得意で、自分がした行動や言動の反応を気にしていました。

そして、みんなから嫌われたくない、好かれたいために人がやりたがらないことをやっていました。

これは、自分もやりたくないことです。

でもこれって自分にウソをついていることでもあります。

人に良いように見られたいために、自分にウソをついて、他人を気にしているようなフリをしている人でした。

まるで自分というものが空っぽでした。

でもそんな自分を再考させてくれて、修正してくれる本です。

それでは、その中でも自分が再考させらた箇所を紹介していきます。

「課題の分離」という考え方

アドラーは「承認欲求」を否定しています。

この理由は、

人は他者の期待を満たすために生きているのではないからです。

他者の期待を満たすように生きると自分の人生ではなく、他者の人生になってしまいます。

そのため、必要なのが

「課題の分離」

という考え方になります。

"自分"と"他者"の課題を分離するということです。

本で紹介されている例は、

"馬(他者)を自分が水辺に連れていくことができるが、水を飲ませることはできない"

という例を紹介しています。

つまり、馬(他者)が水を飲むかどうかは馬(他者)の問題であるということです。

他者におすすめの本を紹介しても、その本を読むかどうかは他者の問題であり、自分の問題ではないということです。

そこを自分が毎回読んだ?何で読まないの?などと考えないということです。

そんな心配しても意味がありませんし、他者に時間を奪われていくだけです。

この考え方を聞いて、他者に過干渉になって自分が心配して、心配する時間を多く費やしていたと思いました。

自由=他者から嫌われること

アドラーの考える自由とは、

「他者から嫌われること」

です。

注意しないといけないのは、積極的に他者から嫌われることではありません。

以下のことを言っています。

・他者の評価を気にしない

・他者から嫌われることを怖れない

・承認されないかもしれないというコストを支払う

・自分の生き方を貫く

つまり、

他者にどう思われるか?ではなく、自分がどうあるべきか?

を考えるということだと思います。

そして、「課題の分離」とも共通しますが、

"自分を嫌うかどうかは他者の課題"

ということになります。

私が身近で起きたことで言えば

「この服着たら周りにどう思われるだろうか?」
→自分が着たいなら着るべき。他者がどう思っているかを仮に聞いたとしても本音で答えているかは他者しかわからない。

「この髪型似合っているのか?」
→自分が似合っていると思っているならそれで、十分です。

などがありました。

本当に他者を気にかけると泥沼にハマり、自由とは真逆の道に進んでしまいます。

嫌われて、自由になりましょう!!

まとめ

今回紹介した内容が、「嫌われる勇気」の中で私が1番印象深かったことであり、自分を考え直させてくれた箇所でもあります。

自分は自分、人は人。

人がどう思い、どう行動するかはその人の課題だと考える「課題の分離」という考え方。

自由とは、嫌われることという考え方。

他者の評価を怖れず、自分の生き方を貫くということです。

でも本当の意味で自分の人生を自分らしく生きるためにこの考え方はかなり重要だと思います。

私も確実に実践できているわけではありません。

たまに人の評価を気にしてしまうこともあります。

その時にはこの本の内容を思い出すようにして修正しています。

SNSにこんなしょうもないことを投稿したらどう思われるだろう?などとかです。笑

そんな時は、誰かの役にたてば良いし、自分が良いと思ったものだから誰にどう思われようと関係ないと思って、投稿しています。笑

みなさんも参考にされてみてはいかがでしょうか。

読んでいただき、ありがとうございます。



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