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[暮らしっ句]薔薇2[鑑賞]

「ダーク」編

 棘無きと 木香薔薇の愛さるる  久保田雪枝

「木香薔薇」と表現されているのは、安全安心な「いいひと」のことかもしれません。作者自身のことなのか、ほかの誰かのことなのかわかりませんが、

「愛されているのは、従順でおかしなことをしないと思われているから。きっと、それだけなんだわ」

 遠火事や 薔薇のかたちの角砂糖  辻直美

 いくら遠くでも火事です。それに角砂糖を重ねるのはいかにも不謹慎。火の色と薔薇がたまたまつながっているように思えても、分別のある大人なら、それを口にしたりはしません。たとえ遠くでも火災現場では、今まさに家や命が危機に瀕しているのですから。でも、作者は敢えてそれを句にした。

(ささやかな幸せなんて、自分さえよければ、ということでしょ。薬の副作用が自分に出るとは思っていないし、自分の個人情報が洩れるとは思わないでザルなカードに登録する。
 誰がどう警告しても、被害者がどんなに叫んでも、自分は大丈夫と思い込んでいる。雷の音が小さくなると、ほっとする。雷の向かった先の人のことなんか考えない。誰だって、そうでしょ?)

 石神井の愛人宅は 薔薇盛り  北川美美

 愛人というと、日陰の存在とか薄幸のイメージが強いですが、そのことを踏まえた上での「そうとも限らないわよ」ということだと思います。

(ここには愛があるわよ。皆さんがお望みの!
 アナタが求めているのは配偶者になること?
 それとも本当に愛されること?)

 さらに、そこに薔薇が重ねられているので、

(本当に愛される時間は、花のようにはかないもの。そのつかの間の幸せに、あなたは人生を賭けられる?) という問いかけも含まれていそう。

 もっとも、それでは、いかにも昭和な解釈ですね。
 今は、マッチング・アプリとかで、ボタンを押せば出会いが実現してしまう時代。数日後には不倫していてもおかしくない。愛人となると、もう少し取り決めが必要になるかも知れませんが、ともかく時間がものすごく短縮されています。手を伸ばせばそこに、「愛」も「愛人」も「こんなはずじゃなかった」もある……。

 であれば、俳句の作り方も変わってきて当然。「わたしはこう思ったんだけど、あなたはどう思う?」というような語りかけでは「遅い」。
 今の時代のテンポは、この句のように解釈抜きで見たままを示すことかも。ちなみに、受け止め方も、こうなります。

「ふーん、そうなんだ、愛人って案外いいかも」 あるいは、
「いくら愛されても愛人はイヤだな」

 感想も反射的。そんなことも考えさせられました。

 薔薇の棘 使つてたくみに殺めたり  柴田朱美

 写真を撮っていると、立ち聞きならぬ座り聞きをしてしまうことがあります。その日は、お寺の境内、垣根のところにしゃがみ込んで花の写真を撮ってたんですが、垣根の向こうに若いお母さん二人がやってきて、わたしがいることに気づかずに、あけすけな会話がはじめたんです。

「あんなヤツ、結婚してなかったら、ボロボロにしてやったのに……」

「あんなヤツ」とは、夫のこと。どうやって「ボロボロに」するのかは語られませんでしたが、腕っ節の強そうな人ではなかったので、気持ちをもてあそぶということでしょうか。気を持たせるだけ持たせておいて、掌を返すとか? わかりませんけど、そんなことを繰り返されたりしたら、ボロボロになりますね。「棘」の比喩は、ありふれてますが、なかには必殺仕置き人もおられるようで……。

 紅薔薇の 襞の暗さに 立止まる  田中藤穂
 白薔薇の 咲きつぐアーチ 精神科  須佐薫子

 白薔薇→精神科は、なんとなくわかります。メンタル病んだ人に赤色は、刺激が強そうに思えるから。
 じゃあ、上の句はどういう意味なのか?
 誰かを励ますために赤い薔薇を贈ったとか、元気を出すために自分用に紅い薔薇を買ったという句は幾つかあったんですが、この句は「紅」じゃなく影を見ている。またハイになったわけではなく、「立止ま」った。二重にフツーではありません。しかし、病んでるかと云えば、そういう感じはしませんね。むしろ落ち着きや懐の深さが感じられる。
 どちらの句にもメンタルヘルスの気配を感じたのですが、結構、違いがあります。自分がどっちに傾くか選べるものではないので、どっちがいいとはいいませんが、両方をイメージできれば、ひと呼吸おけそう。

 薔薇満開 ガラスの割れる音が好き  小枝恵美子

 破壊衝動も、これくらいあっけらかんと云われると、返って小気味よい~ なんて思ってしまったわたしにも、そんな願望が潜んでいるのでしょうか。

 人生は、積み重ねたグラスを慎重に運ぶこと かも

 一つ、また一つと落としてしまうのはいいんですが、トレーごと投げ出してしまったら、破滅…… 
 くれぐれも短気は起こさないように! > ジブン

 ダークが過ぎましたので、最後は趣を変えて

 追憶の薔薇は 棘まで美しく  白倉智子

 その時は傷ついても、懸命に生きてさえいれば、振り返った時に、どれもこれも愛しい思い出に変わっている…… そうなりたいものです!

 余談ですが

 薔薇活けて 香炷き 古家と別れけり  市川玲子

 実はこの句がきっかけで思い出されたことを書いたのが
「ドライフローリスト」だったんです。ここに書きかけて、思いがあふれ出てきたので独立させたという。薔薇には不思議な力があります。


 出典 俳誌のサロン 歳時記 薔薇

おまけ

 ちなみに、リンゴも薔薇科なんですって。エデンの園が大昔の出来事なら、薔薇とリンゴはまだ同じだったかもしれず、イヴが花と実(リンゴ)、その二つの中から実(リンゴ)を選んだのだとしたから、もしイヴが花を選んでいたら……、なんて思ってしまいます。イブが薔薇を選んでいたら、人類はどうなっていたんでしょうね~

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