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ガブリエル・夏 15 「柚のメモ」

夕飯ができた。
研がダイニングテーブルで、まだ1人折り紙をしていたので、片付けて、章と柚を呼ぶように頼んだ。いつもは、上にいる人たちに食事の時間を知らせるのには、チーンと鐘を鳴らす。お客さんの少ない図書館や歯医者などの受付に置いてあって、係の人を呼ぶのに使うあれだ。誰がどこで入手したか、もうわからない。随分前から、まみもの家のご飯ですよのチャイムになっている。ああ、そうだ、レイが起きてしまうと思いつき、今日はチーンはやめて、1人ずつ呼びに行って、と、もう一度キッチンから出て研に言いに行くと、研はすでにそうしていた。上で、章を呼び、柚と話す声が聞こえる。

柚は、下りてくると、眠っているレイを見て、ふふふと笑って、研とまみもと、少なからず同じ気持ちを持ったようだった。章は、ソファーのレイを遠目に確認しただけで、すぐに着席した。

食べ始めてから、柚が言った。
「レイって、家出してきちゃったの? 平日校の友達とかいないのかな。ママと気が合うのはわかるけど、わざわざママに会うためにこんなとこまで来なくても、泊めてくれる友達とか、誰かいないのかな。」 

「ママに会いに来たりしないだろう。」
章が、そんなばかなアイディアはないという言い方をするので、柚が涙目になる。
「柚のことが好きなんじゃないの?」
柚は何か言おうとしたが、声が震えそうなのでやめた。ニンジンのソテーをフォークで刺そうとして、何回か失敗する。

「レイくんとママはちょっと似てるよね。すごく変なこと思いついたり、変なことしたり、言わなくてもいいことを言う。」

「家出っていうほどじゃないんじゃない?なんかちょっと嫌になってきて、どこかいつもと違うところに行きたくなって、どこ行こうかな、そういえば新しい柚んちは行ったことないところにあるし、1人で行けそうだし、ちょっと遠くてちょうどいいって思いついたんじゃないのかな。あ、ほら。夏はみんなどっか行ったりしていなくなるじゃん。うちは引っ越したばっかりだから、家にみんないそう、と閃いたのかも。」

「親御さんには連絡した?」

「うん。お母さんに。今晩また電話で話すことになってる。明後日、ズランクズルトまで送って行くよ。柚研、一緒に行く?」

「行かなーい。」

「ほうほう。じゃあ、1人で送ってきます。柚、洗濯機動かしていくから、干しといてくれる? 明日はどうしようかな。」


夕飯はすんだ。レイはまだ起きない。
テーブルを片付けた後で、柚はレイの分のご飯にラップをかけた。

「柚、念のための念のため、ingredient を全部書いてのっけておいてくれる? レイくんアレルギーあるって聞いたことないけど、ひょっとしてあったら困るじゃん?」

「はーい。」

柚のメモは、言われたとおり、夕飯の材料を列挙するところから始まったが、書いてるうちに勢いがついてきたらしい。電子レンジの使い方、コップの入ってる棚、冷蔵庫にあるもの、おやつのあるところ、と続いて、テレビの付け方、お勧めのチャンネル、家にある漫画のリスト、カメのエサ、トイレ、シャワー、予備の布団、枕、と続いた。友達のレイが、このうちでよい滞在をして、元気になって帰って欲しいと願っているようだ。研とまみもも、図を描いたり、吹き出しをつけたりして、賑やかな楽しいメモになった。

「カタツムリはどうする?」

研が聞いて、3人は相談の上、衣装ケースの家を外に置くことにした。ツノダ・スーが家の中を歩き回った場合、歩いた道に残す粘液で柚が滑ってこけそうなことと、広東住血線虫が心配だから、というのが決め手の理由。それにきっと外の方が、スーにとっては暮らしやすい環境だ。植木鉢の植物より、地植えしたのの方が上手に生きるように、自分の力で工夫して生きていくだろう。柚がそのこともメモに書き足した。柚の描いたツノダ・スーは、とてもカタツムリに見えないひどいのだったので、研がもう1匹描いた。まみもも描いた。どれも本物よりうんとブサイクだったが、スーにファミリーができたようだった。レイが起きた時、スーがまだその辺にいるといい。庭のガラス戸の開け方を、柚がメモに付け加えて、研が庭に出るための履き物を置いて、3人は解散した。

柚は、履き物を置いてあげた弟の気遣いが好きだったが、レイはきっと履かないだろうと思った。多分裸足で出ていく。寝る前にまみもにそれを言うと、母は笑って、同じことを思ったと言った。

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