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ガブリエル・夏 23 「レイ・グレイト・エドワーズ」

「僕を、最初に、ガブリエルって呼んだ日のこと、覚えてる?」 

「もちろん。柚が転入してすぐの、4年生の1月の参観日の次の週。の、昼休み!」

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補習校には、受付当番というのがあり、保護者全員に順番に回ってくる。入り口で入校者への対応をしたり、休み時間に、子供が危険な遊びをしないように、借りている日本人学校の校舎の遊具や掲示物を破損しないように見守る。まみもはその日当番にあたっており、昼休みに運動場で子供達を見守っていた。チャイムがならないので、時間が来たら、子供達に教室に戻るように誘導する任務もあった。運動場には、たくさんの子供達がキャアキャア走り回っていて、エネルギーが満ちていた。平日はオランダの学校に通っているオランダと日本のハーフの女の子たちの話し方は、宮沢りえの若かった頃と似てる。声か。ダッチとジャパニーズの遺伝子の組み合わせで、そういうのが出るんだな。誰かの靴下が片方落ちている。あっちには靴が片方。落ちていたのは他に、パーカー、もう片方の靴下、キャップ型の帽子、Tシャツとタオル地の小さなハンカチ。なぜ?もう片方の靴はどこ? 鳴らないチャイムの時間になり、まみもは子供達に休み時間の終了を告げ、教室に戻るよう施した。「この靴下、誰のかな。」まみもが拾いながら言うと、そばにいた女の子が「ガブリエルくんの。」と教えてくれた。「これも?」「そう。」「あれも?」「うん、ガブリエルくん。いつも脱いじゃうの。あの子。」女の子が指差したところで、男の子が、片足で立って、靴下を履いている。寒いのに、上半身は下着のシャツ一枚だ。もう片方の靴下はどこかな、という様子でキョロキョロしだした。まみもは靴下を振り上げて、「探してるのはこれですかー?」と聞いてみた。男の子は、「そう!」と言って走ってきた。あ、この子。この間、柚の発表を、笑顔だったのがよかったと言ってくれた子だ。自分は、おじいさんちで見つけた虫の話をした……、何君だったかな。えーと……。

「えーと、レイくん!」
「はい?」
「あぁ、合ってる? 私ね、あなたと同じクラスの、森本柚のお母さんです。こんにちは。レイくんは、ガブリエルっていう名前もあるの?」
「え?」
「ガブリエールくんだから、リエーくんで、レイくんて呼ばれてるの? ガブリエルは素敵な名前だね。私の天使の名前だよ。」
「天使?」
「うん、月曜日に生まれた人を守ってくれる天使だよ。」

男の子が動かなくなっていたので、まみもは話すのをやめて、もう片方の靴下、それから靴やTシャツを、急いで身につけて教室に戻るように言った。男の子は、途中から靴を履くのもめんどくさくなったようで、散らかしていたアイテムを、身ににつけはせず、両手いっぱいに持って走っていった。もう片方の靴は、鉄棒のポールに乗っていた。
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「女の子が教えてくれたんだよ。いつも服を脱いじゃうガブリエルくんって。」
「ゆみちゃんは、ガブリエルって言わなかったと思うよ。多分レイくんって言ったんじゃない? タブンレイくん。」
「タブンレイくん? が、ガブリエルくん? えー!?」
レイはニヤニヤして、眉毛が上で目は半開きのあの顔をしている。

「や、いやいや。だってその後、いつも作文とか習字の作品とかに、レイ G. エドワーズ って書いてたもん。いくつも見たよ。いつもすごくおもしろいの。それで、あーはーん、G はガブリエルで、ミドルネームだったんだなって……。」

「まみもちゃんが見てくれると思ったから、入れておいたのー。お母さんとかお父さんには、先生にもクラスのみんなにも、なんだこのGはって言われて、Great の Gだと説明しておいた。」

「本当にそうなの?! えー。わー。おー。長い間ごめん〜。」

「いいよ。ガブくんて呼ばれるの、気に入ってる。でも僕は、本当には天使じゃないから、ミラクルができない。この前まみもちゃんが山の上で変になってた時も、柚ちゃんのお父さんが、まみもちゃんのいいところをわかってなくて、ライオンの檻に閉じ込めてても、僕はできることがない。」

「あるよあるよ!すごくおもしろい顔のオオカミになって、CO2をいっぱい吐き出してくれたじゃん。ライオンの檻の話の後は、ぐるぐるして、おもしろい顔たくさん見せてくれたじゃん。一緒にいるのおもしろすぎて、もう明日あたり死ぬからサービスしてもらってるのかと思うくらいよ。」

「ただのレイでも?」

「イエス、イエス、イエスアンドイエス。ただのレイでも。レイ Great でも。それにレイって、sun rayとか、 ray of moonlight の rayでしょ? いつだってレイくんは私の希望だから、ぴったりだよ。私よく暗闇に落っこちて出れなくなるけど、rayが見えたら、また出られそうと思ってがんばるもん。私には大事な大事なレイくんだよ。」

「わかった。よかった。」

「本当は、そのカタツムリ みたいに小さくなって、いつも私のポケットに入ってて欲しい。ガブくんは本当に天使かなって思う時があるよ。ああ違うなって思う時もある。 まだガブくんて呼んでてもいい?」

「いいですよー。」

「よかった。
 お礼に私の秘密を教えてあげるね。私には2人、兄がいます。1人は借金まみれのアルコール中毒、もう1人はもうちょっとまともだけど、なんかどっか悪そう。多分鬱かPTSDか何か。彼らの名前は、なんでしょう? …………正解は、1人目がせそしで、2人目がゆよや。そうなの、兄妹揃ってあほみたいな名前ばっかり。だから本当にあほトリオになっちゃったんだねー。子供の頃から3人とも……。特に兄2人は……。でもなんか、うちの親は、…………」


列車の窓の外には、これぞヨーロッパの田舎の方みたいな感じの、小さな可愛らしい村が続いていた。教会の周りに広がる人々の暮らし。見えた人のストーリーを想像して、どの人のことも少し好きになった。早起きだったので、2人は、たまに寝たり、起きたり、喋ったり、カタツムリ 探しゲームをして、列車に揺られて、徐々に南下して行った。

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