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ガブリエル・夏 22 「秘密」

ビュンヘン行きの列車の外観は、カモノハシ顔に変わる前の新幹線のようなとんがった顔で、薄い銀色のボディに赤いラインが入ってる。座席は、青春18切符の、質素な、学生の1日遠足的なものをぼんやり想像していたのとのギャップもあり、随分豪華に見える。空間がゆったりしていて、成田エクスプレスの雰囲気に似てる。

「3時間ぐらいこれでいくんだね。本も持ってないけど退屈にならないかな。買ったところで読めないけど。私たち荷物少ないね。」

レイのバックパックが、やってることの割に小さいと思っていたまみもだが、まみものバッグも同じようなものだった。今日はズランクズルトで、博物館か、公園か、モイン川沿いを散歩するぐらいのつもりでいたので、大したものを持っていない。昨日焼いたクッキーと極秘クレジットカードを入れたことで、大事なものはみんな持ったと満足して、脳みそが働くのをやめてしまったし。

「退屈になったら、僕がお話してあげるから大丈夫。こうやってリラックスして、窓の外の人たちの世界を見てたらおもしろいよ。絵本みたいだよ。」

レイはそう言って、右脚をまみもの膝に乗せた。確かにすごくリラックスして見える。メッツォを開けてゴブっと飲む。大物なのかなぁ、この人は。

「あのね、予定を立てます。先にジェットのチケットを選んで決めて買って、乗り遅れないでそれでちゃんと帰ります。で、明日帰るに予定変更の件と予想到着時刻を、必要な人に連絡します。今やります。今すぐです。 頼りになる、大人らしい引率の人みたい?」

レイはうんうんうんうん頷いて、まみもの隠し口座のカードでNight Jetという寝台特急のチケットを買い、母親にテキストメッセージを送った。チケットの決済の前に、レイが聞いた。まみもちゃんのチケットは、どこまでにする? アムステルダムまで、一緒に乗って行ってくれる?

まみもはデッキに出て、まず、レイの母に電話をした。出ない。おもしろいことを思いついちゃったので、今日もう一日こちらにいて明日の朝帰します、とテキストした。嘘はないけど、全部の情報を伝えた訳でもなかった。佐代さんとの間では、これはありだと思った。今度2人で落ち着いて、ゆっくり全部話したい。次に家にかけた。柚が出て、章は仕事の電話会議中だと言った。心苦しかったが、少々嘘をついた。今日アムステルダムまでレイを送って、友達に会って、リンダの家で泊めてもらって、明日帰ることにしたと伝えた。実際には、今日の夜はNight Jetに乗って、明日の朝アムステルダムに到着し、レイと別れてから、ブンダハイムに戻るのだ。リンダと会うかどうかは、まだ考えていない。章が、なんでそんなことするんだとかなんか言ったら、ホリデーだと言うように柚に頼んだ。引っ越しの準備と片付け、章の在宅勤務で毎日昼ごはんも作って片付けてること、章が引っ越し直前にサッカーで足を怪我して、忙しい時に余計やることが増えたこと、病院やフィジオセラピーへ通う運転手を務めていること、子供達の転校関連の調査から書類を集めて提出するまでを1人でやったこと、具合の悪い義父に毎日メッセージを送って励ましていることなど、思い出して、静かにするようにと言うように頼んだ。柚は今晩のご飯をどうすればいいかと聞いたので、近くのケバブ屋でテイクアウトをするか、大きなスーパーで寿司ロールを買うことを提案した。柚は簡単なものなら作れるが、こういう時は責任者の気持ちでがんばってくれる。章への対応にも気を使う。料理もしようとしたら、ストレスが多過ぎて、パンクしてしまうかもしれない。指差しで注文できるケバブぐらいが、ちょうどいい。そしてドイツのトルコ料理はオランダのより美味しいと、章も研も気に入ってるから、きっと機嫌よくなるだろう。

レイの調査によると、グフスタイン駅からは、スキー場に行けるマイクロバスが出ていて、今日も運行しているようだ。ほんの1-2時間になりそうだけど、スキー場まで行って遊んで帰って来るという、最大のイベントが達成できそうだという気がしてきて、まみもはほっとした。レイの方は、さっきブンダハイム駅へ向けて歩いていた時ほどは興奮していない。10歳が30歳になったような、落ち着きを見せている。何でこうなってるんだろう。30歳からまみもの年まではさらに15年。長いなぁ。45歳のレイは、毎日何を見て何を考えて暮らしているだろう。その時まみもは、75歳!レイのことを思い出す機能が、まだ残っているかな。

「ガブくん、なんか話して。」

「いいよ。お話じゃなくて、先に秘密を1つ教えてあげる。僕のことガブくんて呼ぶのは、世界中でまみもちゃん1人だけです。それはなぜか。」

「他の人は、Gabbyって呼ぶ?みんなRayって言うから、Gabriel で呼ぶ人がいないの?」

「Gabrielって呼ぶ人はいないの。なぜかと言うと、僕はGabrielじゃないから。」


「……なんですと?」

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