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題:ヘンリー・ジェイムズ著 西川正身訳「デイジ-・ミラー」を読んで 

ヘンリー・ジェイムズの作品は「ねじの回転」を読んでいる。既に、感想文に書いているが、確かにホラーであるけれども、この作品にはもっと奥深さがある。それは言語の虚偽性にある。緻密に書かれている「ねじの回転」の言語には、密やかに虚偽が含まれている。そしてこの虚偽は言葉の一つ一つなる細部ばかりではない、作品全体の大枠にも及んで、存在者そのものの存在が不確実性に覆われている。このヘンリー・ジェイムズはジル・ドゥルーズも結構論じていた。論点を簡単に言うなら、曖昧なものをそのままのまま打ち立てて、意味の不確定性な揺らぎと散逸を設定することにある。これ以上の詳細な記述は「ねじの回転」の感想文を参照して頂きたい。 

「デイジ-・ミラー」にもこうした虚偽性が、薄いながらもある。でも、こうした虚偽性よりも、謎めいた若い女がいるだけである。気をそそりモノになりそうでありながら、するりと抜け出てしまう、横着とも横暴な振る舞いを行う女とも言える。そうこうしている内に、いつの間にか恋人がいる。でも、本書は、初めは恋愛小説と思っていたが明らかに違う。彼女に気がある青年ウィンターボーンの視点から描かれているが、こうした点は「ねじの回転」でも同様で、作家なる全能者が描くのではない、ある種定まった視点から描く手法を踏襲している。作家なる全能者が自らの手を下して大枠を掌握して記述しているのは、おかしいと言えばおかしい。ヘンリー・ジェイムズがなぜこうした手法を選んだかについては良く分からない。 

ここで、訳者西川正身の「あとがき」から幾分文章を引用して感想文としたい。ジル・ドゥルーズの論点などについては触れないで、ヘンリー・ジェイムズの経歴などに留めたい。なお、本書の裏表紙にある紹介文を引用しておきたい。『何事にも開放的なアメリカ人気質をさらけ出して振る舞い、ヨーロッパの人々の顰蹙を買う娘デイジーと、彼女の魅力にひかれながらも、その行動を理解しきれない青年ウィンターボーン。二人の淡い恋を通して、旧大陸と新大陸の文化の相容れぬ側面を鋭く描き出している。20世紀“心理主義小説”の先駆者となったアメリカの作家ヘンリー・ジェイムズの初期の傑作である』この紹介文によって、本小説の内容を簡単ながら知ることができる。 

ヘンリー・ジェイムズは「宗教経験の諸相」などを書いたプラグマチィズムな哲学者で心理学者のウィリアム・ジェームズの弟である。兄のウイリアムが書いた「宗教経験の諸相」とは精神の病の記述である。即ち、宗教的とも言える精神病患者の心理的な描写と解釈を行っている。従って弟なるヘンリー・ジェイムズも心理的な描写へと傾いたのだろうか。兄弟とは似ることもあるし真逆の方向に進むこともあるため、一概には言えないが、兄弟で影響し合ったことは確かであろう。なお、余分なことながら、ウィリアム・ジェームズは行動主義なるプラグマチィズムの哲学者と言われているが、プラグマチィズムの本流からは外れている。精神心理へと肩入れし過ぎているためである。

 ヘンリー・ジェイムズはツルゲーネフやフローベールから直接小説技法を学んだらしい。そして「ロデリック・ハドソン」や「アメリカ人」「一貴婦人の肖像」などを出版したが、文化の根が浅く無邪気で純朴なアメリカと伝統を誇るとは言え、内面的には腐敗堕落を免れ得ないヨーロッパ社会とを対比させながら、国際的シチュエーションを含めた倫理的かつ心理的問題を取り上げているとのこと。こうした作品は「一貴婦人の肖像」で頂点に達する。その後劇作を行ったが、再び中心人物を通して他の人物の行動および心理を写し出す手法にたよって、心理分析を行ったとのこと。代表作としては「ねじの回転」、「鳩の翼」、「使節たち」があるとのこと。 

彼は国際的シチュエーションを扱っている。けれど、デイジーがアメリカを模しているとは言い切れまい。最後、デイジーはマラリアに罹って死ぬが、アメリカが死ぬ象徴ではない。デイジーは伝統を無視し無視されていた、わがままなアメリカ娘であるが、きっと個人的に簡単に無意味に死んでしまう。ヨーロッパ風な死へ通じる意味の道など持たない。アメリカとヨーロッパの文学を比較すると、ヘミングウェイの「老人と海」など、アメリカ文学の実直な叙情とダイナニズムな作品が、例えばヨーロッパのダダイズムやシュールリアリズムなどの異質な風景や心理に、その瓦解を描いたフランス文学とが比較されることもある。こうした文学論は簡単に見えても難しい。 

ヨーロッパではそれ以前の不倫や退廃を描いた多くのフランス文学もある。無論、これらアメリカとフランスの作品群を比較して論じることもできるが、あまり意味のあることとも思われない。ただ、どちらの作品群とも読んで楽しむことができる。日本で言えば、戯作文学も自然主義文学も楽しむことができるのと同等である。どちらの方が好きかと言う好みの問題になるのだろう。さて、ヘンリー・ジェイムズの作品内容はおおよそ分かったが、機会があれば彼の別の作品を読んでみたい。ただ、私からみると心理的な葛藤が描かれていずに、視線的な心理であり、よんでもそれほど感激しないため、どういった作品が良いか選択に困る。いっそ、ダイナニズムな、何がダイナニズムか良く分からないが、別の作家の作品が良いのかもしれない。 

以上

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詩や小説に哲学の好きな者です。表現主義、超現実主義など。哲学的には、生の哲学、脱ポスト構造主義など。記紀歌謡や夏目漱石などに、詩人では白石かずこや吉岡実など。フランツ・カフカやサミュエル・ベケットやアンドレ・ブルドンに、哲学者はアンリ・ベルグソンやジル・ドゥルーズなどに傾斜。