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題:高橋秀爾著 「ルネッサンスの光と闇 芸術と精神風土」を読んで

ルネッサンスおける主要な絵画作品を論じた絵画論である。ただ、著者があとがきで記述しているように、光が多く闇は少ない。闇を期待していたのに残念である。半分ほどの絵画を知っていたのが役に立っている。これらの作品の解釈は当時の精神風土と重ねており、またギリシア神話を裏付けした絵画の細部に至る説明は、なるほどと思わせる。でもどこか物足りない。きっと、闇が少ないためという以上に、掲載されている絵画がモノクロであり、細部が良く分からないためである。相当数の絵画が掲載されており、これがすべてカラーであったならば、絵画の持つ生き生きとした活力に圧倒されたかもしれない。

本書は、第一部「サヴォナローラ」、第二部「メランコリア」、第三部「愛と美」、第四部「二人のヴィーナス」、第五部「神々の祝祭」からなり、全部で二十六章ある。サヴォナローラとは、昔の修道僧ジロラモのことであり、フィレンツエにおいて、巧みな弁舌により預言者として活躍し、神の怒りを説き、卑猥な絵画、音楽、詩などを焼却させる。このサヴォナローラも人々の反感をかい処刑される。ちょうど中世からルネッサンスにかけての転換期である十五世紀末である。このサヴォナローラの処刑の場面を描いた絵画を説明する著者の言葉は、この本の記述しようとした思いそのものである。『あたかも天に向かって伸びる炎の輝きに照らし出されたかのように、ルネッサンスの影の部分を象徴的に見せてくれることである。人間性の解放と現実世界の肯定という明るい光の部分の裏側に、世界の終わりに対する恐れ、死の執念、混乱と破壊への衝動、破滅へのひそかな憧れ、非合理的幻想世界への陶酔といった別の一面があったのである』

こうして著者はシニョレルリの「世界の終わり」や「地獄」、「死者の復活」を取り上げるが、すぐさま神秘の降臨としてボッティチェルリの「ヴィーナスの誕生」や「春」を取り上げ、光の部分へと移行していくのである。ただ、ボッティチェルリはサヴォナローラの影響を受け、大いに苦しんでいた。また、他の画家もサヴォナローラの影響下にあって、煩悶している。著者は裸体画の先駆者として、シニョレルリの「パンの饗宴」などの作品を紹介する。なお、パンとは牧神の神のである。またプーサンの「パンとシュリンク」やデュラーの「哲学の女神」やミケランジェロの「考える人」を紹介し、四性論を論じる。こうして著者はルーペンスの「三美神」を紹介して、本書のたぶん主題とも思われる愛へと話を移していくのである。三美神とは「美」、「愛」、「快楽」である。無論、ボッティチェルリも再度大いに論じられる。なお三美神はストア派の哲学者セネカの「恩恵施与論」にみられる、恩恵と手の密接な関係で「三美神」も手を繋ぎ合っているのである。

ラファエルロやピエリオ・ヴァシリアノの「三美神」も紹介され、ネオ・プラトニズムの思想としての「流出」の概念と結びつけられ記述されている。つまり、世界は一から流出してきたものであり、それぞれの段階の「存在」がある。この基本的な構造は至高の存在からの「流出」と、この世界における「発現」、至高の存在への「回帰」の三つへと簡略化できるのである。即ち「美」は神から発するものであり、「愛」はこの世界にて受け止め、「快楽」を神の世界に返すものである。更に「貞節」、「美」、「愛」へと変貌する。「美」とは「貞節」と「愛」との結合である。こうして、著者はキューピッドも含めて、絵画の謎解き、説明を行う。ボッティチェルリの「春、「ヴィーナスの誕生」が大いに論じられる。こうして、「俗愛」と「聖愛」や「騎士の夢」が語られる。高級娼婦「フローラ」が語られる。見果てぬ「騎士の夢」とは何であろうか。「フローラ」はなぜ美しいのであろうか。

本書の最後の方に行っても主題は変わらない。画家名や画の名称は示さないが、「神々の祝祭」であり、「純潔と愛欲の争い」であり、「ヴィーナスの礼拝」について語られている。「神々の祝祭」は妄りに変奏され、「眠るヴィーナス」は美しいのである。こうして本書を読んで絵を眺めていると、ルネッサンスにおける裸体の礼賛と誘う妖しい美とが良く分かる。これがモノクロでなければと惜しまれる。なお、ルネッサンスの本質的な意味は何か、何だろうか、光でも闇でもないと思いながら考えていると、マンションの14階のガラス窓に音がする。美しい女の顔が誘うようにぼっと浮かんで、白い指の何本かがガラス窓を突いている。まだ夜中である。

以上

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読書感想文

詩や小説に哲学の好きな者です。表現主義、超現実主義など。哲学的には、生の哲学、脱ポスト構造主義など。記紀歌謡や夏目漱石などに、詩人では白石かずこや吉岡実など。フランツ・カフカやサミュエル・ベケットやアンドレ・ブルドンに、哲学者はアンリ・ベルグソンやジル・ドゥルーズなどに傾斜。