汚濁と禁忌

題:メアリ・ダグラス著 塚本利明訳「汚穢と禁忌」を読んで

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

題名に引かれて初めて読むメアリ・ダグラスなる学者の本である。ジョルジュ・バタイユの「宗教の理論」や「エロシチズム」のような何らかの哲学的な、宗教的とも言える神秘性を期待していたが、そうしたものではなくて文化人類学の本である。レヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」のような未開社会の描写を行い血族的な構造を解析するような紀行文でもない。文化人類学の観点から他の学者の批判も加えて、具体的な汚穢と禁忌を現地人の慣習などから論述している。他の学者への批判が長くて返って著者の主張を分かりにくくしている傾向もある。ただ、読むとそれなりの知識を得ることができる。帯には「文化人類学の金字塔」と書かれているが、本当にそうなのかは判断できるだけの文化人類学に関する知識は持ち合わせていない。でも、難しい話はなくて、文化人類学への入門書にはなりそうである。

本書をどうまとめようかと思ったが、全部で十章書かれていて、章ごとに何が書かれているか文章を引用するなどして簡単に示したい。〖 〗は引用した文章である。


〖本書は、不浄なるものと感染という観念について論じたものである〗〖本書は二つのテーマを展開することで結論に向かっていく。タブーとはそれぞれの部族がもつ宇宙観独特のカテゴリーを保護するために自然に発生した装置だ、・・知的・社会的無秩序を防ごうとするのである。・・第二のテーマは、曖昧なものが惹起する認知的不安を考察する・・〗
緒言
〖汚穢とは本質的に無秩序である。・・不浄とは秩序を侵すもの〗〖未開社会とは、その社会が属する宇宙の中心を占め、かつ、力を帯びた構造体である〗〖汚穢の考察とは、秩序の無秩序に対する関係の考察を意味し、存在の非存在に対する関係、形式の無形式に対する関係、生の死に対する関係等々の考察を意味するであろう〗

第一章 祭祀における不浄
引用が多くて著者の主張との区別がつかず論旨が掴みにくいが〖不浄とは聖なるものとの接触に伴って相互に作用する危険〗である。
第二章 世俗における汚穢
 〖伝染病の回避と祭式における回避が驚くべき一致を示す〗として、レビ記の豚肉について論じ、剰余について考察する。
第三章 レビ記における「汚らしいもの」
 レビ記と申命記を引用して食べて良い動物を示し論考する。また、聖潔と道徳律、つまり律例(おきて)、律法について論じる。

第四章 呪術と奇蹟
 呪術と奇蹟の関係を論じる。『宗教的儀式の意味は経験を創造し、それを支配することにある・・・原始的祭式の執行者は、身振りを表現の手段とする呪術師とはもはや見做されなくなったのである』
第五章 未開人の世界
 〖未開人の世界観はいくつかの違った意味で人格的な宇宙と向かい合っているのだ〗
第六章 能力と危険
 〖無秩序が形式を破壊することは当然であるが、他面では形式の素材を提供する。一方秩序は制約を意味している。・・・無秩序は危険と能力との両方を象徴しているのである。祭式は無秩序のもつ潜在的能力を認めている〗こうして社会組織の秩序について、社会的混乱について論じる。また呪術と能力について論じている。

第七章 体系の外縁における境界
 肉体の境界、特に肛門など開閉部と汚穢の関係について論じる。
第八章 体系の内部における境界
 〖汚穢の規範は、倫理的規範とは対照的に、不明確な余地を残さない〗として姦淫の掟などについて論じる。また穢れと潔浄との関係について論じる。
第九章 体系内における矛盾
 未開文化における共同体の男女両性の差異における汚穢の観念について、結婚や密通、月経、交合などについて論じている。

第十章 体系の崩壊と再生
 〖秩序の限界を侵すことによって招かれる危険こそが能力となるのである。善き秩序の破壊をもたらそうとする不安定な辺境部や外部から襲来する力は、宇宙に内在するもろもろの能力を表象している。善き秩序のためにこれらの能力を利用し得るときはじめて、祭式は強力な効果をもつことになるのだ〗こうして鱗だらけの動物センザンコウについてかつ原始的宗教について論じる。

こうしてみると本書「汚穢と禁忌」に書かれている思想の核は、汚穢と禁忌を介した構造体の秩序と無秩序の関係であり、秩序の破壊をもたらそうとする力をうまく利用してこそ善き秩序が保たれるということであろうか。今までに読んだ本には書かれていて、それほどこの本に関しては面倒に考えることもないが、実は秩序と無秩序と禁忌や消尽との関係の概念は今なおテーマ性を持っている。ただ、汚辱を加えたことが新しいと受け止めることは、私が汚辱を軽視して見逃していたためであろうか。

以上

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詩や小説に哲学の好きな者です。表現主義、超現実主義など。哲学的には、生の哲学、脱ポスト構造主義など。記紀歌謡や夏目漱石などに、詩人では白石かずこや吉岡実など。フランツ・カフカやサミュエル・ベケットやアンドレ・ブルドンに、哲学者はアンリ・ベルグソンやジル・ドゥルーズなどに傾斜。