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【Edge Rank 1049】施工とインストール【TOMAKI】

作業着やマスクの隙間から真っ黒い埃が入り込んで、汗と混ざってあっというまにドロドロになる。神田小川町で、古い額縁屋の壁や床を解体してリノベーションしていく作業。重いバールを差し込み、ひねり、時に叩きつつ、壁や床を剥がしていく。

握力がそろそろ限界を超え、バールを持つ手をしばらく休める。肩で息をしながら、窓から差し込む光の筋が室内に舞うホコリを照らしているのを眺めていた。

きっかけは優美堂再生プロジェクト

この空間によくもこんなにもたくさんの額縁が収納されていたとあきれるくらい、たくさんの額縁がそこに格納されていた。神田小川町の閉店した額縁屋さん「優美堂」。市民ボランティアの手で、ホコリの積もった額縁をひとつひとつ丁寧に運び出していく。三千枚を超える大量の額縁は、一時保管先の3331 Arts Chiyodaメインギャラリーをあっという間に埋め尽くした。まるであたり一面、額縁の海原のような。

建物を空っぽにした後、まず古い壁や床、天井を剥がしていく。ここで、バールのポテンシャルを知る。力任せに振り回しても、なかなか解体の効率は上がらないが、コツを掴むと面白いようにバリバリと壁が剥がれていく。すぐに、建物の骨組みが見えてくる。と同時に、大量の埃が舞い上がり、全身を真っ黒にするのだ。

いったん完全なスケルトン状態にした後、防水シートを貼り、断熱材で隙間を埋めていく。全ての作業が初めての体験で。手を動かしながらみんなで何かをつくるというのがとても楽しい。

優美堂再生プロジェクト」は、中村政人さんをリーダーとした東京ビエンナーレ2020/2021のプロジェクトのひとつ。そこに、集まった市民ボランティアのほとんどは、僕も含めてこういった施工作業を体験したことがない人がほとんどだった。ひとつひとつの作業を教わりながら、施工のいろはを学んでいく。まるでそこは、実践的な施工のための学校のようでもあった。

数十年間降り積もったホコリは、びっくりするくらい真っ黒だった。ひとしきり作業をした後は、まるで炭鉱からはい出した労働者のように全身が黒くなる。耳や鼻や髪の毛の中にも降り注いだ黒い粉は、風呂に入ってもなかなかとれない。世間一般的には、そういった作業は「キツイ仕事」の部類に入るだろう。でも、我々にとってそこは新しい体験ができる学びの場所であり、仲間が集まる活気にあふれた「現場」として、すごく居心地が良い場所だった。かくして、土日の多くの時間をそこで施工作業をしながら過ごすようになる。

バールの使い方も日に日に上達していった。やがて、タッカーやインパクトドライバーを手にして壁や床をつくっていく。手鋸や電動の丸鋸、ノミ、ドリル、角ノミ盤なども登場し、使える道具が少しずつ増えていく。墨付けの効率よい方法や、差し金の使い方なんかもYouTubeの動画で学びつつ、現場で実践した。自分専用の腰袋を購入し、いくつかの工具をそろえた。日常でも、街を歩いていて施工現場を見かけると、ついついそこにある大工道具や職人さんの腰袋の中身が気になった。ホームセンターで道具のコーナーを覗くのが楽しくなった。

毎回「今日はどんな施工作業をするのだろうか」と、優美堂へ向かうのが楽しかった。

最初、真っ黒だった室内が、だんだん白くなっていく。シナベニヤを貼り、その上から石膏ボードを打ち付けていく。戦後すぐに建てられ、その後増築を繰り返した優美等の建物は、およそすべてがまっすぐには建っていない。微妙なゆがみやたわみを認識しつつ、それにあわせて随時ベニヤや石膏ボードを加工していく。手鋸や電動丸鋸、ノミの使い方がだんだん上達していく。石膏ボードを切るためのノコギリと、角を落とすカンナを購入し、週末の施工作業がさらにまた楽しみになっていった。

木くずや、石膏の粉、そして壁を塗る白いペンキなど。毎週、現場を訪れるたびにどんどん変わっていくのが分かる。

そして、7月に東京ビエンナーレ2020/2021が開幕し、優美堂もオープンした。その後も、施工作業はしばらく続くのだけれども。お客さんを入れつつ、オープンベータのような感じで、運用しながらテーブルをつくったり、棚を付け足したり、建物は進化をし続ける。「優美堂再生プロジェクト」に参加して、施工作業のいろいろなことを学んだ。人の手で、地道な作業を積み重ね、このような素晴らしい空間がつくれるということに感動した。

この後も、週末にいろんな施工現場へ飛び込んでいくことになる。

施工は続くよ

優美堂で施工の愉しさを知り、その後もいろいろな現場へ飛び込んでいくようになった。平日は会社員としてオフィスワークをしているので、もっぱら週末の助っ人として、解体や施工のお手伝いをしに行く日々。どんな作業でも楽しかった。単純に、自分の手や体を使ってなにかをつくる手伝いができるというのが嬉しかった。

東京ビエンナーレ2020/2021 「東京Z学」解体

東京ビエンナーレの会期終了後、「東京Z学」の展示があったレインボービルの解体を手伝った。軽量鉄骨のフレームに、シナベニアと石膏ボードが貼られ、その上からパテと塗料でホワイトキューブ的な展示スペースがつくられている。この空間をつくるのは大変だが、壊すのは結構あっという間だ。この時も、大きなバールが役立った。

3331 Arts Chiyoda「小池一子展」施工・解体

続いて、3331 Arts Chiyodaのメインギャラリーで、小池一子さんの作品展の施工をお手伝い。この時に、「インストーラー」という職種があることを知り、とても興味がわいた。単に施工作業をするというだけでなく、展示のコンセプトを理解して作品をいかに見せるかを考えつつ、最終的な展示空間をつくりあげるという仕事。作品や作家と対話をしながら、作品展をつくりあげていくという過程を現場で見ることができた。インストーラーは、いわば作品展の縁の下の力持ち。もしくは、影の立役者か。この後、いろいろな美術館や企画展を訪れるたびに、インストーラーによるプロの仕事を感じられるようになった。細かい展示の造作や、メッセージを伝えるための工夫などを。

平田哲朗個展「芸術か科学か」施工・搬出

こちらも3331 Arts Chiyodaで開催された、平田哲朗さんの個展「芸術か科学か」でも、搬入後の施工から撤収までお手伝いをさせていただいた。とにかく短期間でいろんなことが同時進行で進んでいて、ものすごい勢いで展示の準備が進んでいった。既にお知り合いの方が多いのか、チームワークがしっかりしていたし、施工に参加している人たちがそれぞれの役割を担って動いていた。この場に参加できたことは、とても光栄だった。

さらに、3331 Art Fair 2022でも、平田さんのブース展示を担当した。お亡くなりになった平田さんに、生前お目にかかることはなかったが、作品を通じて「平田さんだったらこの作品をどう見せるかなぁ」と考えながら、私はひとつひとつの作品をその場に設置していった。

3331 Art Fair 2022 優美堂出店

同じく、3331 Art Fairに優美堂もポップアップストアという形で出店することになり、展示空間に棚などをつくる作業をお手伝いした。コンクリートに穴をあけ、垂木をビスで固定した後、板を貼る。バックヤードに置いてある木材を再利用する形で、その場でどんどん寸法や配置が決まっていく。わずか一日で施工と搬入の作業がほぼ完了した。3331のこのスピード感は、相変わらずすごい。施工スタッフがいて、木工室が施設内にあるというのもあるが、なによりも統括ディレクターの中村政人さんの経験とスキルが大きい。中村さんが「これは実現可能だ」と判断したものは、本当に実現してしまう。この時も、一緒に施工作業に参加して、間近でその現場を体感し、やっぱりすごいなと思った。

ちなみに、このアートフェアでは、私の作品もこの優美堂コーナーに置かせてもらい、一点売れた。作品を誰かが買ってくれるというのも嬉しいものである。

3331 Arts Chiyodaという場所

およそ12年前に初めて足を踏み入れて以来、この3331 Arts Chiyodaは自分の「日曜アーティスト」の活動にとってもかけがえのない貴重な場所だった。

2011年に地下の教室を6人でシェアして、半年間滞在制作をしたことがきっかけで、その後もずっとたびたびこの場所へ訪れていた。ギャラリーショップに作品を置かせてもらっていたこともある。

藤浩志さんがご家族と始めた「かえっこ」のプロジェクトでは、ここ10年ほどキッズ向けの工作ワークショップのコーナーを担当させてもらった。毎回、「どんな工作ワークショップにしようかな」と考えるのが楽しかった。

最初の頃は一緒に先生役をしていたこともあるうちの娘は、今はもう高校生。私のワークショップに参加してくれた子どもたちも、今ではもう大きくなっているんだろうな。

他にも、さまざまなイベントやトークセッション、上映会や作品展などに参加してきた。目的をもってこの場所を訪れることもあるし、たまたま近くに来たのでぶらりと立ち寄ることもある。いつも、なにかしら「わくわく」するものがここにはある。

思い出がたくさん詰まった3331 Art Chiyodaだが、大規模修繕工事のため、いったん3月で閉館となる。工事が終わった後に、3331が戻ってくるのか、それとも新しい施設として再始動するかはまだ決まっていないらしい。

3331で最後の作品展

というわけで、今まで約12年近くの間お世話になった3331に恩返しをする意味も込めて、このスペースが借りられる期限ぎりぎりの2月末に、たった2時間だけの作品展をここで開催した。くしくも、Art Fairで施工作業をしたのと同じ、1階103の部屋で。

ここに、3331での思い出をモチーフにした版画作品を持ち込んで、さらに現場でも追加で「ライブ プリントメイキング」の形式で作品をつくりつつ、『Graphic Memoir of 3331: Live Printmaking』という個展を開催した。

2時間限りの作品展のために、過去12年間の写真を見返しつつ、週末の二日間を使って新たに版画のモチーフとなる写真を撮影して、それをもとに版画作品をつくっていった。片手に載るような小さな版画プレス機を使って、名刺サイズの作品をたくさん用意した。

搬入と作品展の当日、40点の額装した作品が完成した。それを会場に展示しつつ、作品展の間も「ライブプリントメイキング」という形で制作展示を行った。会場に展示している作品の中で、来場者の方が気に入ったものがあったら、無料でプレゼントするという方式にした。

作品の作り方としては、写真をもとにPhotoshopを使ってまずネガを作成。それを普通紙に印刷した後、溶剤を使ってインクを溶かして和紙や水彩画用紙に転写する。私が大学生の頃、好んで使っていた版画の表現手法だ。

作品制作には、「Open Press Project」ドイツのクリエイターによる3Dプリンターなどを駆使した小さな卓上プレス機を使用。これを使って、名刺サイズの小さな版画作品をたくさんつくった。

たった2時間の作品展だったが、中村政人さんも含めて8名の方々が来場してくださり、皆さんに作品をプレゼントすることができた。とても嬉しい。

自分にとって、アートのスキルはこういう時に使うもの。大学で4年間みっちりアートを学び、その後写真の仕事からウェブ制作の方に仕事はシフトしていったが、週末は相変わらず「日曜アーティスト」を名乗って気ままな創作活動を続けている。趣味の活動だから時間や予算の制限はあるが、その限られた状況の中で精いっぱい楽しみながら作り続けている。

作品をつくるというだけでなく、そこから生まれるコミュニケーションだとか、あるいはつながりやきっかけなど。そこから広がっていくのが面白い。施工体験なども含め、平日の仕事と週末の遊びの活動を両立させながらひたすら限界まで身を粉にしてチャレンジし続けるのが楽しいのである。

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おまけ:今月の現場

優美堂や3331がきっかけで始まった、施工のお手伝い。これからも、機会があれば積極的に現場に飛び込んでいきたいと思っています。

というわけで、今月の施工現場をご紹介。

市民ボランティアチームを見事にとりまとめて『優美堂再生プロジェクト』を成功に導いたインストーラーのTさんにお声がけいただき、3月4日は横須賀の古民家をアートスペースとしてリノベーションするお手伝いに。久しぶりのバールの登場でテンションがあがります。自然豊かな空間で、ウグイスの鳴き声を聴きながら一日中ずっとここで作業ができたのは楽しかったです。

その翌日は、3331引っ越しにともなう、新事務所の施工のお手伝い。軽量鉄骨を組んで、壁を立てるという作業のお手伝いです。3331という場所はいったんなくなってしまいますが、こうしてここで出会った人たちとのご縁は今後もずっと続いていくし、こんな風に新たな施工現場などにも飛び込んでいく機会はこれからもきっとあるはず。

木くずや埃、石膏ボードの粉にまみれつつ、これからも「日曜アーティスト」としての活動を続けていきますよ。

もういっこおまけ:優美堂で絵を描きます

3月18日(土)に、優美堂で作品制作をする予定です。誰でも参加できる、『千の窓』展の、新しい取り組み。これまでも、優美堂の額縁を使って「やさしさ」と「富士山」をテーマに2点の作品を制作する千の窓の展示をしてきましたが、今回はそれを拡大して、現場で誰でも参加できるようにしました。

私も、既に何点かの作品をこれまでに提供していますが、さらに現場で滞在制作という形で新作をつくろうと思っています。いつものハンコアートと、さらに版画作品も組み合わせて。というわけで、今回は現場に卓上プレス機も持ち込みます。

一緒に作品をつくってみたい方、版画の手法やプレス機に興味のある方など、ぜひ遊びに来てください。額縁は現場にあります。絵を描くための紙などもありますが、基本的に画材は持ち込んだ方が確実かもしれません。

毎週土曜日に開催していますが、とりあえず私は3月18日の13時頃から描きに行く予定です。当日は、ガラスドローイングの企画もあるようなので、そちらもぜひ。

編集後記

WBCに全く興味がなかったのですが、チェコ政府観光局の方から「今回初出場するチェコ代表チームの試合を観に行きませんか?」とお声がけいただき、急遽東京ドームで野球の試合を観戦することに。何も知らないまま試合を見に行くのは失礼だろうと思い、事前にオンラインでチェコ戦の試合を鑑賞しながら、選手やチームについて調べていたらとても面白くてハマりました。チェコチームの大半の選手が、他に仕事をしているのですね。監督はお医者さんだし、選手は学校の先生や、電気技師、消防士、歯科医、営業マン、不動産業や監査役なんて人もいたりして。学生として大学のチームでプレイしている人もいるし。引退したのにこの試合のために連れ戻された選手や、PRを担当する予定が選手として参戦することになった選手などなど。プロフィールがなんかもう、はちゃめちゃすぎてすごいな、と。

東京ドームで韓国戦を観た後、夕方からチェコ共和国大使館で開催された懇親会にも参加させてもらい、選手を囲んで雑談したり、キャプテンのジーマ選手と一緒に写真を撮ってもらったりなどしました。選手との距離がこんなに近いとは。一気にチェコの野球選手たちのファンになりました。

今回も、お読みいただきありがとうございました。
次号は、「東京散歩ぽ」の中川マナブさんです!

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「日曜アーティスト」を名乗って、くだらないことに本気で取り組みつつ、趣味の創作活動をしています。みんなで遊ぶと楽しいですよね。