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小さなプレス機を使って名刺サイズの版画作品をつくる

アメリカに留学した時、私は人類学を学ぶ予定だった。ところが、とても面白いアートのクラスを受講したのがきっかけで、どんどんいろんなアートのクラスを取りまくり。とうとうアート学部に転部することになってしまった。

アート学部の陶芸彫刻学科に籍を置いた後も、相変わらず興味を持ったアートのクラスは片っ端から受講した結果、卒業時には普通の学生が4年間で取得する単位のきっかり1.5倍の量となっていた。つまり僕が学生時代に学んだ3クラスのうち1クラスは卒業には関係のない単位だったということになる。まぁ、それはそれで全然後悔してないから良いのだけど。

そんな卒業単位と関係ないけど面白そうだったから受講したクラスのひとつが、アートの「Printmaking」のコースだった。いわゆる、版画の授業。さまざまな版画の手法を学んでいく中で、「Image Transfer」という、写真を元にして画像を転写させるという手法が特に気に入った。リアルな写真や画像を使って、そのイメージを直接紙や布に転写して作品をつくるというもの。その時点で私は、既に写真のクラスは受講していた。さらに、油彩や水彩画のクラスも学んでいたので、それらの平面表現を組み合わせて、新しい作品を生み出せるということにわくわくした。

大学を卒業するまでせっせと作品をつくり続け、大学四年生の時の個展でも、この手法を使ったたくさんの版画作品を展示した。いくつかの作品は売れた。

この手法で作品をつくるのはとても楽しかったが、大学を卒業して写真とウェブ制作を仕事にするようになってからは、このような版画作品をつくるという機会がほぼ無くなってしまった。Photoshopがあれば高度な画像編集が簡単にできるので、あえて版画の手法で写真的な表現を使う必然性がなくなってしまったというのがりゆつのひとつだが、さらに学生時代は自由に使うことができていたプレス機が、社会人になってからは全く触れる機会がなくなってしまったというのもある。というわけで、しばらく転写プリントの版画を制作することはなかった。

そんな中、とあるクラウドファンディングで、手のひらに載るくらいの小さなサイズのプレス機が支援を募集しているのを見つけた。ドイツのクリエイターたちが開発したプレス機で、パーツの一部が3Dプリンターでつくられているのが特長。「これは面白い!」と思い、さっそくそのプロジェクトを支援して、リターンとしてそのプレス機をもらった。

それがきっかけで、再び「Image Transfer」の手法で版画作品をつくるようになった。小さな卓上プレス機で、名刺サイズの小さな版画作品づくり。これが、めっちゃ楽しい!学生時代のあの頃に戻ったような感覚。好きな作品を思いっきり作れるというのは、本当に幸せなことだ。

そして、その版画作品を使って、作品展なども開催するようになった。

『恩送りアートカフェ』

2022年6月に、北千住にあるアートセンター「BUoY」にて、『恩送りアートカフェ』というアートプロジェクトを実施した。ちょうどカフェ併設のアートギャラリー空間を使わせていただけることになったので、3週間にわたってここで作品を制作しつつ、「恩送り」の形式で作品を販売した。つまり、誰かが私の作品を買ってくれたら、その売り上げがそっくりそのまま次の人のコーヒー代になるという、実験的な企画。「恩送りカフェ」というプロジェクトは海外でも日本でもすでに事例がある。そこに、「アート」を付け加えて、作品の販売という一面も加えてみたのだ。せっせと500円で版画作品を販売し、その売り上げを次に来るカフェのお客さんに渡す。

後から気づいたのだが、「あれ?アーティストの僕は損してないか?」と思った。作品が売れれば売れるほど、僕自身はどんどん赤字がかさんでいく。でも大丈夫。この空間で、こんな風に作品をつくったり展示をしたりできるということだけで、僕は幸せなのだから。本来なら、ギャラリーのレンタル料などかかるべきところをこんな風に自由に滞在制作ができるのは、それだけで価値のあること。だから、せっせと作品を売って、コーヒー代をお客さんに渡してました。すごく楽しい企画だった。3週間、主に土日の週末に作品を販売してたのだが、最終的に60名のお客様たちがこの「恩送り」の輪に参加してくれた。

ずっと赤字の企画だったので、なんだかオスカーワイルドの『幸福な王子(The Happy Prince)』の王子像になったような気分で、「ツバメさん、僕の体に貼ってある金箔や、装飾の宝石をみんなに配っておくれ」という状態だったが、なんとそれを知ったカフェのオーナーさんが「額縁代だけでも」とその分のお金を負担してくれた。世の中って本当に素敵だなと感じたのだった。このご恩も、きっと恩返しや恩送りで周りの人たちにシェアしようと思う。

「小川まちやどツキ」で滞在制作

小川町にあるゲストハウス「まちやどツキ」にて、このプレス機を使った版画の滞在制作を行った。

せっかくポータブルな卓上プレス機なので、これを持ち歩いて作品をつくってみたいと思っていたところ、知人が「このゲストハウスで滞在制作をしよう!」と声をかけてくれたので、それに乗っかる形で企画が実現。

現場に到着して、まずは建物内の写真を撮影。それをパソコンに取り込んで、画像編集をして版画のネガにしやすいように加工。その場で、オンライン上にアップして、近所のコンビニでプリントアウト。ゲストハウスでプレス機を使って、版画作品を完成させる、と。制作時間は、約3時間。額装した作品は、このゲストハウスに寄付した。

単なる写真ではなく、版画にするということで、より作品制作の面白みが増した。これは、何人かで集まってやっても面白いと思う。今後、ワークショップを含む版画合宿なんてやってみたら面白そうだ。アーティストインレジデンスなど、ちょっといろいろ考えてみようと思う。

『Graphic Memoirs of 3331: Live Painting』

お世話になった3331 Arts Chiyodaが3月末にいったん閉館するのにともない、館内の展示空間が借りられるのが2月末までとのことで、その最終日の2月28日、しかも閉館時刻間際の19時から21時の2時間限定で3331の103号室で作品展を行った。タイトルは、『Graphic Memoirs of 3331: Live Painting』。3331でのおよそ12年間の思い出を振り返りつつ、版画作品を制作した。さらに、作品展開催中の現場でも、「ライブ・プリントメイキング」で作品の制作を行った。

40点以上の作品を制作。8名の方が来場してくださり、好きな作品を皆さんにプレゼントした。

優美堂『千の窓』展

東京ビエンナーレ2020/2021のプロジェクトのひとつでもある、「優美堂再生プロジェクト」に市民ボランティアとして参加して以来、この神田小川町にある元額縁屋さんの「優美堂」の活動に参加している。その一つが、「千の窓」展。優美堂で販売されていた額縁を使って、「やさしさ」と「富士山」をテーマに作品を制作し、展示・販売するというもの。

主に私は、ハンコアートの作品を制作して展示させてもらっていたが、一点だけこの卓上プレス機で制作した版画作品もつくっていた。しばらくずっと優美堂のカフェスペースに展示されていたあと、2022年10月に「3331 Art Fair 2022」に優美堂が出張展示をするという形で、私の作品も3331 Arts Chiyodaの103号室に展示してもらった。そしてなんと、私の作品が売れたのである。8341(やさしい)という優美堂の電話番号にちなんで、8341円での販売(端数は切り捨て)。誰かの元に作品が旅立っていって嬉しい。

近々、優美堂で版画作品を追加で制作する予定。そして、このプレス機を使った版画作品の実演とワークショップも現在企画中である。

『Open Print Exchange』に参加

もともとこの小さなプレス機は、「Open Press Project」というドイツのクリエイターたちが開発・製造したもの。私はクラウドファンディングの返礼品として製品をいただいたが、現在は公式サイトで販売もしているようだ。また、一部の部品は3Dプリンターで出力して使うこともできる。

このプレス機を開発したチームが、「Open Print Exchange」という国際的な公募展も企画・運営している。今回で第2回となるこの展覧会に、私も作品を応募してみた。10枚の版画作品を送ると、9人のアーティストさんにその作品が届くという仕組み。もちろん、私の元にも見知らぬ誰かの作品が届く予定。さらに、オンラインでの掲載の他、巡回展もあるようなので楽しみだ。

そんなわけで、ひとつのプレス機がきっかけで、いろんな交流が生まれて面白い体験がどんどん広がっている。さて、次はどんな出会いや体験が待っているだろうか。

これからも引き続き、作品をつくりつつ、展示や販売やプレゼントや恩送りなどもしつつ、アート活動を本気の遊びとして真摯に取り組んでいこうと思う。

「日曜アーティスト」を名乗って、くだらないことに本気で取り組みつつ、趣味の創作活動をしています。みんなで遊ぶと楽しいですよね。