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トマさん劇場#4「最後の大掃除」/爪毛の挑戦状

あの日の思い出がよみがえる。
新零県随一のベッドタウンと化した絵花(えっか)市。
市の中心を走る県道224号線から一本それたところに、小さな抜け道がある。
家々の間にある、細い道だ。
その道を進むと、ふと、寂れた2階建ての館が見える。
薄汚れた看板には次のようにある。
「裏口 ご用のかたは表へおまわり願います 二電産業(株)絵花寮管理課」
「二電産業株式会社」(現「エヌディーフロンティア株式会社」)。二十電力グループ(後のエヌディーパワーグループ)の企業として1962年~2020年まで存在。
二十電力グループの不動産や関連商品開発が主事業だった。
この建物も、同社保有だった寮「絵花寮」で、二十電力グループの社員研修や、グループの中核会社だった「二十電力株式会社(旧、後のエヌディーパワーホールディングス株式会社)」が、部屋を改造してオール電化のPRに使っていたりした。
今は中には入れない。
1967年完成の絵花寮は老朽化の影響で2015年3月に閉鎖。それから寮の機能は二十電力本社に近い彼礎市湾岸区の人工島、シーサイド・メトロギアへ移された。
ここに来ると、あの日の思い出がよみがえる。
私は2014年に新卒で(旧)二十電力へ入社。
販売本部オール電化事業部に配属され、1年間にわたり研修を受けることとなった。
その研修で14年9月から半年間を過ごしたのが、ここ絵花寮である。
研修は私にとっては過酷だった。
商品名を覚えるのにどれだけ苦労したことか。
そんな研修を思い出すなかで、ひとつの大切な思い出がある。
2014年12月27日、大掃除。
28日~1月4日は二十電力の年末年始休業期間だったので、その前の27日に大掃除を済ませるのだ。
15年3月閉鎖の絵花寮にとって最後の大掃除。
研修生全員で寮の隅々を掃除する。掃除機なしで。
「電力会社の寮なんだから電化製品OKだろ!?ねぇ!」と心のなかで叫んでしまうが、せっかく掴み取った「二十地方最強クラスの大企業社員」の座。離すわけにはいかないのでいやいや掃除へ参加。
そこでの思い出だった。
木目の床が懐かしかったなぁ。
同期の堀山が窓を雑巾で拭いてたら無人の中庭に落ちた、なんてしゃれにならん。
1年浪人した高島先輩のポニーテールが壁から出てた釘に引っかかって毛が一部抜けたなんてのもあったし。
それはさておき、あの大掃除が新社会人になって最初の、楽しい会社での思い出だったかもしれない。
あれから7年以上。
現在、私は(新)二十電力でオール電化事業部販売促進チームの一員として、オンラインでの説明会に日々奔走している。
あの日があったから今がある。そんな風にして感傷にひたっていると、後輩からメールが来た。

送り主/eca6664423@nd-power.co.jp
宛先/jmp8894645@nd-power.co.jp
「お疲れ様ですー\(^_^)/実はあの、オール電化のスマートプランについてのwordなんですけど、いまいち中身がハテナでるんって来ません・゜・(つД`)・゜・明日でいいですからピピっとまとめて(⌒0⌒)/~~教えてください。
よろしくお願いします( ̄□ ̄;)!!」

なんてふざけた文章だ。アニメに感化され過ぎ。
「わかったよ、教えてやるから。明日本社で説教な。(パワハラじゃねえから)」と送り返し、家路についた。


この作品はフィクションです。
実在の人物と地名には一切関係ありません。
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