すずめの戸締りを観て、あまりにも感極まりすぎて古のオタクの感情が爆発して収まらかったのでここに感想文を書く。

すずめの戸締りを観た。あまりにも感極まりすぎて古のオタクの感情が爆発して収まらかったのでここに感想文を書く。端的に言って名作。じゃあなんで名作と言えるのかをつらつらと書いていく。

まず、前回の作品である「天気の子」から振り返ってみようと思う。「愛にできることはまだあるかい」というフレーズから恋愛モノかなと思ってしまいそうですが、この作品は「恋愛」ではなく「思春期の少年の冒険」がテーマなんですよね。恋愛を通して大冒険していく、子供が必死に頑張って、精一杯背伸びして大人になろうとしていく作品です。ただ、納得いかない方も大勢いると思うはずです。「何言ってんだお前は」と思う人が圧倒的大多数だと思うんです。どう考えたって恋愛モノじゃねぇかと。その点は新海監督は少し不親切というか、「それを知ってないとわからないよね」というネタを仕込んでいます。

サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」が作中で出てくるのですが、それを読んだことがあるかないかで、本作のメインテーマや、なぜ主人公が島を離れたかという理由が一瞬で理解でき、また深く納得することができます。読んでいるならば、「あぁ…それ読んじゃったのね、ならその大冒険は仕方ないよね」と思うわけです。

ちなみに「ライ麦畑でつかまえて」がどんな話かというと、舞台はアメリカで、高校を退学になった主人公が高校の寮を追い出されて、遠く離れた実家に帰る道すがらにバーに入ったり、ホテルにデリヘル呼んだわりにビビって何もできないとか、要は大人のマネしてひたすら背伸びする様を、主人公が回想するように読者に語りかけるようなお話です。

何が面白いかと思うかもしれませんが、主人公と同い年くらいの人が読めば「先輩マジパネーっすわ」みたいな「憧れ」を感じ、大人が読むと「必死に背伸びしていた昔の自分がいる」という「共感」を感じるのです。ちょっと前に仕事に疲れたときに読み返しましたが、もう眩しくて眩しくて、涙が出てきした。何回読んでも面白いです。15歳のときに親に渡されて以来何回か読み直していますが、自分のその時の年齢で感じ方が変わってきます。

ちなみに出版は1951年なので、もう半世紀以上前に出た作品です。そんな作中がなぜ未だに読まれて、なぜ時代を越えて色褪せない名作と言われるのか。もちろん「これまでにない内容で後世の作品に多大な影響を与えた」というのは勿論ですが、私の個人の意見としては「読み手の年齢によって作品の見え方、感じ方が変わる。自分の人生の経験で作品の感じ方が変わる」という理由で名作だと思います。「子供が読んだときと、大人が読んだときで、作品の見え方がかわるような作品」そういったような作品を私は「名作」だと思います。今回の「すずめの戸締まり」は、まさに今言ったような理由で名作なのです。

「すずめの戸締まり」には2人の主人公がいます。それは「すずめ」と「環叔母さん」です。いや「草太」だろ、何言ってんだと思われるかもしれませんが、草太は「すずめが必死に頑張る動機」や「ストーリー全体の内容を補足していくような存在」です。草太とすずめの関係がだいぶあっさりとしか描かれていなのはそのためです。すずめが必死になるわりには「軽くすれ違った男に一目惚れした」ということだけが動機なのかと言われると疑問はありますよね。

圧倒的に環叔母さんがすずめを必死に心配してるシーンの方が長い、というか、扉閉めに行く以外は「環叔母さんとのやりとり」か「すずめが色々な人に世話になってるシーン」ばかりです。見る側が子供なら「すずめが必死に頑張る姿に感情移入する」、見る側が大人なら「環叔母さんや、すずめに色々気を使って支えている人々に感情移入する」そんな構成になっています。私は圧倒的後者目線で本作を見ていました。

作品の後半で、環叔母さんとすずめが言い合うシーンがありますね。大人側の私の視点からは、すずめは言ってはいけないような言葉を次々と口にします。私だったら「どんな思いでここまで育ててきたと思ってるとね!このクソバカ娘!!こんなに心配してとんでもなく遠くから迎えに来て、毎日毎日心配して、これが愛情じゃないなら何が愛情なんや!!ここまでしても母親とも言われない私の気持ちがわかるんか!!!??わかるんかクソバカ娘!!!」と泣きながら言っていることでしょう。「私の人生返せ」という言葉もありましたが、こちらとしては「まぁそう思っても仕方ないよね」と環叔母さんに同情しかありません。

そんなタイミングで左大臣が登場してきます。なぜ左大臣の登場シーンがここなのか、映画を観ていたときにはちょっとわからなかったのですが、きっと「あの言葉は環叔母さんの本心じゃないよね」と読み手側に感じさせるための演出だと思います。素であのセリフを言ったらショッキング過ぎますからね。取り憑いていたことによって出てしまった言葉であって、本心ではないんだよと読み手に思ってもらうためのものだと思います。余談ですが、私も思春期に親と中々の言い合いをして「お前を育てている理由なんて責任感だけだ!」と言われてまぁまぁショックでした。そのときに「あれ、この人自分の親だったっけ」と思ったので、すずめの動揺はよくわかります。

そのあとに「さっき言った言葉は思ってたことだけど、それだけじゃない」とすずめにきちんと言ってあげているのがよいですね。環叔母さんの数々の苦労と奮闘を見ているこちらとしては、「それだけじゃない」のは十分伝わっているのですが、十代の子には言ってあげないとわからないですよね。

ただ、誤解がないように若い方に申し上げると、無駄に歳を重ねると、あるときふっと親への感謝みたいなのとかけてきた数々の迷惑を噛み締める瞬間が訪れるんです。その瞬間に今まで教師や他人から言わされてきた「親への感謝」みたいなものが「全くわからん」状態から、「わかる」状態になります。じゃあいつそうなる?というと、私の場合は安定したまあまあな賃金もらって生活の不安が消えた瞬間に訪れました。なので十代の子がわからなくても無理ないです。

一方で、若い子はすずめの言葉に共感すると思います。保護者からの心配が鬱陶しくなる。もっと自由に色々やりたい。そんな苛立ちをすずめは見せるのですが、それは保護者がいるからこそできる振る舞いなんですよね。生きる上で必要な心配事を全部大人に丸投げできるからこその振る舞いです。責任感ですずめの面倒をしっかり見ている環叔母さんを、すずめは鬱陶しく感じているのでしょう。16歳なんてそんなものだと思います。16歳と聞いて何を思うでしょうか?大人かと言われると、大人ではないな。じゃあ子供かと言われると、子供ではないな、といったそんな曖昧な年齢です。一人で色々何かしたいと思うのでしょうが、心のどこかでは「帰る家がある」と確信できるからこそ、家を離れて色々できるわけです。

そんな、すずめを普通であればただの生意気な小娘と思ってしまいますが、作品を見た方ならば、そのような思いを抱かなかったと思います。理由はいわずもがなですね。話をかなり戻しますが「天気の子」では、主人公が島を離れた理由の説明がなくて少しモヤモヤした方もいるのではないでしょうか。「ライ麦畑でつかまえて」を読んだことがあれば、その理由に気がつけるというのは、あまり分かりやすくはないですよね。というのを新海監督は配慮したのか、今回の「知った方がより作品を理解できる要素」は日本人なら誰でも知っている「東日本大震災」です。

私たちは東日本大震災を肌身を持って体感したので、主人公である「すずめ」がどのような境遇だったのかが、一瞬でわかります。また、どんな思いをしたのかを説明されなくてもわかってしまいます。後半で幼いころのすずめが、必死に母親を探すシーンがありますが、当時の状況を知っている我々からすると、あまりにもショッキングすぎる光景です。本当によくこの題材を扱って、このシーンを出せたなと。一体ここまで広げた風呂敷をどうやって畳むのかと思っていましたが、新海監督は見事に畳みましたね。

ラストですずめが幼い頃の自分自身に投げかける言葉こそ、「すずめの戸締まり」で新海誠監督が扱いたかった大きなテーマだったのだと思います。希望がある、明日がある。すずめは不幸だったのでしょうか?親を亡くした背景はありますが、環叔母さんにあそこまで心配されて、大切に育てられて、それが愛でないなら、一体何が愛なんでしょうか。しっかりと愛情を受けている。作中では様々な少々わけありのような人たちが登場します。その人たちの過去はきっと決して愉快なものではない、一人一人が何かしらの辛い出来事を経験しているが、幸せに毎日を生きている。

世代によって、作品に見え方が異なる。若い子が大人になり、家族を持って、この作品を見たときにまた違った感想をもち、またその子が大人になって、この作品を見るという無限ループ。是非そうなって欲しいと思うような作品ですね。新海監督は「君の名は」では「どの世代が見ても同じように楽しめる作品」を。「天気の子」では「特定の知識があるとより楽しめる作品」を。そして「すずめの戸締まり」は「読み手の世代によって感じ方が異なる作品」を作り上げました。私はエンディングを見ながら「原作、絵コンテ、監督 新海誠」という文字列を見て、もう気絶しそうでした。上に書いたような感想で頭がいっぱいで、「バケモンか…」と。こんな大きなテーマ扱って、それを見事に描き切って、おまけに見る世代によって感じ方が変わってきて、いくつになっても楽しめる作品にするなんて。もうバケモンか、という思いでいっぱいでした。本当に素晴らしい作品です。まさに色褪せることのない名作でしょう。本当に良い作品でした。

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