学校警備員をしていた頃 その37

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その36

 「健康保険料は全部払わなくても大丈夫」
 秋晴れのある朝、現任研修を受けにS支社に行った。
 現任研修というのは、国によって義務づけられている警備士の仕事を続けていくために必要な研修である。
 始まる少し前に着いて制服に着替え、研修室の空いている席に座った。
 隣に人がいたので、「おはようございます」と挨拶をした。
 その人も「おはようございます」と言った。目がぎょろっとしているにこやかな男性で、40代に見えた。名前は聞かなかったので、以下その人のことは「ぎょろ目さん」と記す。
 「いやー、昨日は勤務の集合時間が10時だったので、朝水道局にいって水道料金が払えた。あと3日で止められるところだったんで、よかった」と、ぎょろ目さんが言った。
「そうですか。よかったですね。私は銀行引き落としなんで水道局に払いにいったことはないんですけど、大変でしたね」
「いやー、実は僕も銀行引き落としなんだけど、口座に入っているお金が不足していて引き落とされなかったんだ。その分を昨日払いに行った。それにしても、もうちょっとで水道を止められるところだった」
 ぎょろ目さんは、頭を掻きながらニヤリと笑った。
 どことなくとぼけた感じで、悲壮感が全然なくひょうひょうした話しぶりだった。もう少しいろいろと話を聞きたかったが、講師が来たので、話を打ち切った。

 昼休みになると、ぎょろ目さんは、再び公共料金の支払い等の話を始めた。
「電気料金は、払わなくても完全に止められない方法があって、あらかじめ言っておくと100ワットを超えるとブレーカーが落ちてしまう装置を取り付けられるだけなんだ。うちの蛍光灯は30ワットだし、100ワットあれば結構使える。電気料金が払えない時は、無理に払わないで100ワット以下でなんとかやりくりしている」
「そうなんですか。それは知りませんでした。今まで、必ず払っていたけど、大変な時はそんなに無理しないでもいいんですね」
「そうそう。それから、健康保険料は、全部払わないでも大丈夫。3年以上前の分は行政側が、払ってもらえる金額よりも取り立てるのに要するコストの方大きいと判断して、取り立てを断念する。でも、あんまり払わないと、3か月ごとに更新される紙ぺらの保険証に変えられてしまう。そうなると結構やばいからある程度は払った方がいいけど、全部真面目に払わないでも大丈夫だ」
「そうなんですか、それも初めて知りました。結構いろいろと抜け道があるんですね」
「それと、いよいよお金が足りなくなった時、絶対に返さないですむ借金の方法があるんだけど、知ってる」
「いやー、知りません」
「それは、プリントごっこを使ってでたらめな名前・住所が書いてある偽の健康保険証を作り、それを使って闇金か街金で金を借りるんだ」
「そんなことができるんですか」
「うん、できる」
「そうですか」
 最後のプリントごっこを使う危ないやり法は、たぶん嘘じゃないかと思ったが、それ以外は本当かもしれない。
 それにしても変なことをいろいろと知っているものだ。本当に生活する上で必要だから知っているのか、話のネタとして面白いからネットなどで調べて、それをしゃべっているのか。どちらなのかはわからなかった。
 ぎょろ目さんは、話の内容だけでなく話し方も味があって面白い。警備士などよりも営業マンか水商売でもやった方がいいのではなかろうか。
 ぎょろ目さんと会ったのはその時の一回だけで、その後姿を見かけることはなかった。もしかしたらすぐに警備士よりもいい仕事が見つかったので、警備士は短期間で辞めてしまったのかもしれない。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その38

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