学校警備員をしていた頃 その32

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その31

 「警備員さん、あの車の人に注意してください」
 仕事が終わって、O中学のロッカーで着替えていたら、主事(用務主事)の中丸(仮名)さんが着替えに来た。主事さんも4時過ぎに着替えて帰ることが多い。
 中丸さんはわりあい話好きで、ロッカーで着替えながら、ちょっとした雑談することがある。どういうきっかけだったか忘れたが、たまたまその時は、主事さんの採用の話になった。
 「我々の職種は、最近10年くらい採用がなかったけど、今年は久しぶりに採用があった。新しく採用された人が一人O小学校にいる」と教えてくれた。
「えー、じゃあ、名前はわからないんですけど、そのO小学校に来た人は、新規採用の若い人なんですね」
「若いかどうかは知らないけど、新規採用者には違いない」
 O小学校に4月から来た主事さんは、本当の年齢はわからないが、見た目は、30前後だろうか。確かに若いと言えば若そうだけど、高校か大学を出たばかり、という感じではない。私はこの話を聞くまで、別の学校から異動してきたのかと思っていた。主事さんの採用でも、ある程度人生経験のある人を採っているのか、それとも試験で成績のいい順にとったら、たまたまその人が合格したのか。その辺は全然わからない。
 
 その2~3日後。
 朝O小学校の周りを朝10時くらいに巡回をしていたら、校庭の前の道にやや大きめの乗用車が止まっていた。この車とは、この時間帯によく出会う。
 運転手は、週刊誌を読みながら時々校庭の方を見ている。これも、毎回同じだ。
 でも、別に「生徒を誘拐しよう」などと計画していて下見に来ているわけではなさそうだ。それだったら、毎回いつもこの場所に車を止めて、毎回同じように週刊誌を見たりしていないで、1~2回来て様子がわかったら、次の行動に移るだろう。
 たぶん、小学校の校庭が見える場所にいるとなんとなく落ち着くのだと思う。小学校というのは、生徒を教育するというだけでなく、何かそういった大人の精神安定に寄与するという社会的な役割があるのかもしれない。
 この運転手さんは、別に小学校に用があるわけではなく、営業かなんかの仕事でこの地域を回っていて、時間調整のためにここに車を止めて週刊誌を読んでいるのではないかと思う。ただし、この場所は生徒の通学路なので駐停車禁止になっている。だから、厳密に言えば交通法規に違反してはいるのだが、でも、生徒の登下校の時間でもないし、特にこちらがなにか迷惑していることがあるわけでもない。また、警察官のように交通法規を守らせるのが仕事ではない。だから、それまで声をかけることはなかった。
 その時…。
 その新任の主事さんがやって来て「警備員さん、あの車の人に注意してください。駐停車違反です」と言った。
 私は、「まあ、確かに駐停車違反には違いないな。主事さんがそう言うんだったら1回くらいは注意してみようか」と思い、「はい」と答えて、注意しようと思ってその車の方に歩いていくと、主事さんが先に車のところに着いていた。
 聞き取れなかったが、運転手に何か話しかけている様子だった。そして、車の運転手はそれに率直に従って、車を移動させた。
 「なんだ、自分で注意するんだったら、人に命令することもないじゃないか」とも思ったが、「まだ若いんだし、慣れていないから仕方がないのかな」とも思った。まあ、本人はハリキッテ一生懸命やっているのだろう。
 それと、校長先生・副校長先生や他の主事さんなどは私のことは「中井さん」と呼んでいて「警備員さん」と呼ぶ人は、担当している3つの学校の中ではその人一人だけである。そういうところも、「まだ慣れていないのかな」と思う。
 でも、車に注意すること自体は、確かに交通法規に違反しているのだから、間違っているわけではない。もちろん、「小学校の校庭で癒される人がいるのはいいことなのだから、それはそれでいいじゃないか。大目に見てあげよう」という立場もあり、客観的に見てどちらが正しいと言えるようなことでもないのだろう。
 その後、「どこに用がある車なのかな」と思い、その近くを巡回していたら、その車は学校前の道をちょっと入ったところの医院の駐車場にいた。地域の病院・クリニックを営業か検査物の回収か何かで回っている車なのだろう。

 後日、校門の前に立哨している時にその新任の主事さんに会った。
 「こないだのあの車は、近くの医院の駐車場にいました。営業かなんかで来ていたみたいですよ。だから、必ずあの場所に止める必要もないみたいですね」と言ったら、「もっと違う場所に止めてくれるといいんですけどねえ」と歩きながら言い、去って行った。その主事さんは私に対しては、ちゃんと立ち止まって話を聞き、「ああ、そうだったんですか」と言ったりはしない。
 まだ入ったばかりでまだあまり慣れていないのかもしれないけど、もしかしたら、「話をする必要がないと思う人とは話をしたくない」というタイプなのかもしれない。
 中丸さんとは対照的で、「聞く耳の力」や「雑談力」等が少し弱い人なのか、あるいは、あまりそういったことに価値を認めていない人だったのだろう。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その33

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