学校警備員をしていた頃 その26

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その25

 9万9千20たす10たす70は?
 週刊誌に「大人でも間違えやすい小学生レベルのクイズ」というのが出ていた。
 その問題というのは「9万9千20に10をたして、それに70をたしたらいくつになるか?」という趣旨のもの。最後の2けたの数字は少し違うかもしれないが、9万9千の部分と正解は、書いてあったとおりだと思う。
 正解は、9万9千百。
 最初の数が9万9千20なので、なんとなく繰り上がり問題かと思って10万と答えてしまうと罠にはまる。
 どういうわけか印象に残っていたので、何人かの人にこの問題の話をしてみた。
 O中のロッカーで用務主事の鈴山さんに話したら、見事にひっかかり「10万」と答えた。
 正解を言ったら、「ああ、なるほど、それは口で言われるから間違えるんだな。紙に書いてあれば間違えない」と言われた。確かにそうかもしれない。
 そして、「でもこの問題は、誰かに口頭でいわれたんじゃなくて、週刊誌に書いてあった。ただし、式じゃなく文章で、何々に何を足して、とかいうふうにごちゃごちゃと書いてあった」「なるほど。式で書いてあったら間違えないけど、文章でごちゃごちゃ書いてあったのか」というやりとりになった。
 その後、O小学校の道具小屋で、今度はO小学校の用務主事の香山さんにこの問題の話をした。
 香山さんは、「うーんと」と20秒くらい考えて「9万9千百」と正解を答えた。
 「正解です。O中の鈴山さんは、10万と答えて間違えました」「最初から、繰り上がりの問題だと決めつけてしまうと間違えますね」などと言うと、香山さんは「なるほどね」という感じで聞いていた。
 別の時、やはり道具小屋に煙草を吸いに来た桜井先生という40歳くらい(推定)の女性の先生にこの話をしたら、「今、頭が疲れているからそんな問題出されても頭が回りません」と言われた。
 別に怒りながら言っている様子でもなかったが、多少迷惑だったかもしれない。
 その時は、たぶん3時半くらいだったと思う。授業が終わって生徒を帰し、ほっとしていた時間帯だったのだろう。
 桜井さんは、見た感じはいつも変わらず元気な様子だけど、もちろん人間だから本当は疲れていることもあるはず。職員室にいないでわざわざ道具小屋まで煙草を吸いに来るというのは、一息つきたかったのだと思う。
 主事さんは、道具小屋が職員室みたいなものなので、それに比べれば、この部屋にいる時の気分はかなり違っていたのだろう。

「保護者です」と何度も言うお母さん
 T小学校では、学校に来た人は、門の前にあるインターホンで身分・名前・要件などを言って、中の人に電子ロックを開けてもらってか入る仕組みになっている。インターホンが通じているのは、職員室と主事室と事務室。職員室は人がいない場合も多く、事務の人か主事さんがインターホンの音声を聞き、それぞれの部屋にあるボタンを押してロックを解除することが多い。私の知るところでは、このやり方をしている学校はS区では他にはなく、比較的珍しいことをしている学校なのだと思う。
 管理職の考えでやっているとのこと。私は、近田副校長が考えそうなことだと思っているのだが、校長と副校長がどういうふうに話し合って決めたのかは知らない。
 インターホンに向かって言う内容は、人・立場などによって少しずつ違う。ZAP(学校の中でS区の職員が中心になって運営している放課後の学童保育の仮名)の職員やアルバイトとか学校の講師などいつも来る常連の人は、「誰々です」と一言名前だけ言う場合が多い。それに対し、配達業者などの業者は、「宅急便です」などと身分なり要件なりを言うことが多い。それから、PTAの用事などで来た保護者は、「何年何組誰々の母です。PTAの会議で来ました」などと丁寧に言う人が多い。
 遅刻してきた生徒の場合は「インターホンを押して『何年何組の誰々です』と言ってごらん」と警備員の私がアドバイスして、そのとおりやってもらう。
 要するに「怪しいものじゃない」「ちゃんとした用があって来た」ということが通じれば中にいる人が開けてくれる、というシステムなのである。
 ところで、私がいない時に、やり方を知らない生徒が一人で遅刻してきた時はどうしているんだろうか。ということが、仕事をしていて気になっていた。いない時のことなので推測するしかないが、「ロックされたドアの前で生徒が長時間待っている」ということもありえる話だと思う。
 それと、たまに、事務室・主事室・職員室に誰もいなくて、インターホンに出る人がいないことがある。 
 そういう場合に、宅急便の業者などは、忙しいので、別の回(午前だったら午後とか、午後の場合は次の日、など)にまた来ることにして、その時は諦めて行ってしまうこともある。
 保護者や放課後保育の職員などは、他にやりようがないので辛抱強く待っていて、出るまで何回か押している。ずっと出ないということはないが、それなりに待たされることもあるらしい。

 ところで、保護者については印象的なことがあった。
 ある日、見た目30代後半くらい生徒の母親らしき人が校門をあけて入ろうとしたので、「すみませんが、入る前にインターホンをお願いします」と言ったところ「保護者です」という返事だった。
 「あのー、インターホンでお話しされるようお願いいたします」と言うと再び「保護者です」という返事が返ってきた。
 さらに、「私が保護者ということがわかっても、中にいる人がわからないとドアのロックが解除されないので、インターホンでその旨を言ってくださるようにお願いします」と言うとまたもや「保護者です」と言われた。
 「私が保護者だとわかっても、中の人がわからないと、校舎のロックが解除されないので、すみませんがインターホンをお願いします」
 と重ねて言ったところ、そこで初めてインターホンを押し、「何年何組誰々の母です」と言ってくれた。
 その時は、一瞬「なんと話の通じにくい人だろうか」と思った。が、むしろ、このシステムが、初めて来た人にはわかりにくいのかもしれない。でも、これだけ同じようなやりとりを繰り返したお母さんの例は他にはないので、「若干、聞く耳の力の弱い人だった」ということは言えるのだろうか。
 このインターホンに関しては、いろいろな人からいろいろなことを言われたが、どちらかと言えば文句の方が多かった。
 例えば、配送業者の人から、「保育園並みの警戒態勢だな」なんて言われたことがある。賛同するわけにもいかず、「そうですか」なんて適当に答えておいたが、そう言いたくなる気持ちもわかるような気がした。
 また、元S区の小学校校長だった人で、定年後再任用でこの学校の放課後保育の局長さんになっている中山さんという人は、「また閉まっているのか。あけといてくれてもいいのにな」なんてぶつぶつ文句を言いながら入っていくことが多かった。
 このシステムは、入ろうとする人にとっては意外と面倒で、どうも評判がよくなかったのだけど、どういうわけか管理職は変えようとしなかった。それなりに信念を持って行っていたのだろう。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その27

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