学校警備員をしていた頃 その45

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その44

 「がんばれモンシロチョウ」
 自分がやっていた学校警備員は、校門の前に立哨している時間が長かったが、それ以外に1時間に一回程度学校の周囲を巡回することも業務に含まれていた。
 巡回していると、休み時間で生徒たちが遊んでいる様子とか体育の授業の様子とか校庭の片隅にある小さな農園で教師と生徒が活動している様子などを見ることができた。
 O小学校にも校庭の片隅に小さな農園があり、教科で言えば、「理科」か「生活」になると思うのだけど、種まきとか収穫などの体験的な学習ができるようになっていた。
 秋晴れのある日の午前、巡回していて農園の前を通ると、若い女性の先生と生徒たちが農場にやって来るところだった。
 先生は、小さなかごを持っていて、生徒たちは子どもにしてはやや複雑な表情をしていた。小さい子どもたちだったのでたぶん小学校2年くらいだと思う。1~2年は、「理科」の時間というのはないので、「生活」の時間だったのかもしれない。
 生徒たちが全員農場の前に着くと、先生は、みんながいることを確認してから、「それじゃあ、今から放すよ」と言って、ゆっくりかごの扉を開けた。
 中からモンシロチョウが出てきて、ゆらゆらと1メートルくらい飛んだが、失速して地面に落ちてしまった。
 意外な結果に、子どもたちはあっけにとられていたが、その後、「がんばれー」「がんばれ、モンシロチョウ」と口々に叫び始めた。先生は黙ってチョウを見つめていた。
 すると、モンシロチョウは、もぞもぞという感じで少し動いた。
「がんばれモンシロチョウ」
 さらに生徒たちが叫び続けると、チョウは、羽を開いたり閉じたりしながら、歩いて10センチくらい移動した。なんとなく、もう少し応援すれば飛べそうな雰囲気だ。
「がんばれモンシロチョウ」
 生徒たちの声援がいっそう大きくなった時、チョウは再び飛んだ。今度は順調に空に舞い上がり、ゆらゆらと円を描いて飛行した。まだ、少し蛇行していて危なっかしい感じもあるが、だんだんとしっかりとした飛び方になっていく。そして、その後、遠くに飛んでいって見えなくなった。
 「万歳」なんて言う子はいなくて、みんな無言。さっきまでの口々に励ます様子が嘘のように静かになった。
 生徒も先生も、ほっとしたような、寂しそうな、すがすがしい表情を浮かべていた。
 クラスで飼っていた幼虫が、サナギになり、蝶になって、かごに入れたままではかわいそうなので放すことにしたのだろう。
「小学校というのは、こういうことをする場所だったのか」
 その時私は、小学校というものを再発見したような気がした。
 ただし、自分が小学生だった頃に、学校でああいう体験をした記憶はない。自分の記憶が正確かどうかはわからないが、ある程度は頼りになるとすれば、学校の役割というのが変化してきているのかもしれない。小学校1~2年の「生活」の時間なんていうものは、自分たちの頃はなかったが、家に帰ってカバンを置いてから、友人と虫を取りに行ったりした記憶はある。逆に、学習塾に行く子は今ほど多くなく、机の前に座ってやる勉強は、家でやる宿題なども含めれば圧倒的に学校中心だった(一部の中学を受験した子を除く)。
 小学校を再発見したというよりも、「最近の小学校がどんなものなのか目撃した」とでも言う方が正確なのだろうか。
 とにかく、私はその時、
「小学校というのは、いいところだなあ」
「小学校の教師というのは、やりがいのある立派な仕事だなあ」
 と思った。

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