学校警備員をしていた頃 その35

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その34

 校長先生のあくび
 秋晴れのある日、O小の道具小屋で、昼ごはんを食べていると河村校長先生が煙草を吸いに来た。
 O小ではその頃、道具小屋が教職員の喫煙室になっていた。公立学校は原則禁煙のところが多いので、今はもう違うかもしれない。
 校長先生は、椅子に座ると、盛んにあくびをした。
「眠そうですね」
「ああ、眠い眠い。昨日は、学校を出たのが10時で家に帰ったのが12時前だ。それから飯食って風呂入って、それから少し仕事して、寝たのは2時。今日も5時半くらいには起きた。それでないと間に合わない。若い頃はこれくらいなんでもなかったけど、もう年だな」
「まだ、そんな年でもないんじゃないですか」
「俺はもう63だぞ」
「でも、63くらいだったら、一部上場企業の社長とか本当に偉くなる人の中ではまだ若い方じゃないですか。石原都知事とか浅利慶太とかジャニ―喜多川さんなんて、もう80歳ですよ」
「ああいう人たちはブレーンや部下がいるんだもん。『これやっといてくれ』」と一言言えば部下がみーんなやってくれるんだから」
「そうですか」
「そうだよ。俺なんか一応トップだけど、全部自分でやんないといけない」
 と言って、再び眠そうにあくびをした。

 1月、新学期が始まって早々、やはり道具小屋で昼食を食べていると校長先生が入ってきた。
 私は、O小のホームページに出ていた冬休み中の記事の内容を覚えていたので、それを話題にした。
「校長先生、ホームページに書初め大会の写真が出てましたね。子どもたちがみんな一生懸命書いているのが写ってましたね」
「あの書初めは、俺が早く来て準備したんだ」
「校長先生たちで準備したんですか」
「『たち』じゃない。俺一人で準備したんだ。みんなキーやしない」
「それは偉いですね」
 校長戦先生は、少しうなずいてから、あくびをした。
「あー、でも、眠い眠い。新学期に入ったら、仕事がヤーマのようにある。疲れる疲れる。俺も年だな」
「でも、そんなに年でもないんじゃないですか。安倍内閣だったら平均年齢くらいですよ」
 校長先生は「ほっほっほ」という感じで少し笑ってから言った。
「でも、ああいう人たちはブレーンだとか、部下だとかがみんなやってくれるんだから。『これ考えといてくれ』なんて言えば、みーんな、部下だとかがいろいろ考えてくれる。俺なんかとは全然立場が違う」
 前回と同じ結論になってしまった。
 安倍内閣の話をしたのは、少し知恵が足りなかったかもしれない。「歌舞伎役者は60代が働き盛りですよ」とか、「学者で60過ぎてからすごい業績を上げる人もいる」とか、そういうことを言った方が別の話になって面白かっただろうか。
 でも、校長先生は、専任の部下やブレーンがいない自分の立場を嘆くのが好きなようである。人間関係上は、毎回同じようなやりとりから同一の結論に至るワンパターンの会話をやっていた方が、むしろ好ましい。というところなのだろう。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その36

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