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【1月の本よみ】 いずれ血となり肉となる

「東京の本よみ」を始めてから一年が過ぎた。事前にご本人から許可を得た上で撮影する、という唯一のルールは引き続き守っているので、相変わらずお断りされたり承諾していただいたり、一喜一憂である。

思い立ったが吉日とばかりに何も考えず始めたら冬だった。外で本を読む人が少ない季節で始めるあたりアブストラクトというか無計画というか、まぁ無計画だろう。それでも時々、写真の男性のように、本を読んでいる人に出会う。この日も寒い1日だった。

冬の寒い日にもかかわらず外で本を読んでいるということから、私の頭で想像されることは二つ、一つはその本が興味深い内容である、もう一つは本を読むという行為がその人の生活から切り離せないものである、どちらにしてもお声かけして本への集中を削ぐことがためらわれたが、手短に申し出てみた。快く承諾してくださった。

冬は寒い。特に日本の冬は湿度の低さも上乗せされるのでヒリヒリする寒さだ。それでも冬は、空気が澄んでいて目に見えるものの透明度が高い。陽が低いので陰影が美しい。その雰囲気を写したいと、カメラの場所を変えつつ何枚か撮らせていただいた。季節を感じられる写真になってよかった、と思っていたところへ、「東京の本よみ」初の事態を経験することになる。

撮影した写真を見ていただいてお礼を言い、いつものように、書影を撮らせてもらえますか、と聞いたところ、男性は少し気まずそうに言った。

いえ、それはちょっと。


ついにこの日がきた。タイトル非公開。かく言う私も自分の本棚や大切にしている本などを言いたくないほうである。気持ちがわかるぶんすぐに切り上げるのが道理だと思いつつ、だからこそ聞きたい気持ちもあり、もう一度お願いしてみたのだが、男性の意思は固かった。男性もこちらの気持ちを察したのか、その頃にはお互い笑ってしまっていたけれど、ジャンルは小説、ということは教えていただいた。もうそれ以上は申し訳ないと思い、あらためて撮影のお礼を言い、その場を後にした。


男性がどういった理由で書影を固辞されたのかはわからない。それでも私にとってはそこまで含めて楽しい撮影だった。そもそも本を読む理由自体、本を読む人の数と本そのものの数の掛け合わせくらい無限にあるのかもしれない。ただひとつ、この男性は紛れもなく自分のために本を読んでいるという印象が残った。そしてそれは少し羨ましくもあった。


text : Kawana Seiji




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