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きっとぼくたちは戦争をはじめる。


ぼくたちは戦争をはじめる。

14時間働いたあとで飲む度数の高いアルコール飲料によって、極端に速度が遅いMVNO回線で見るSNSによって、紫と漆黒の中間にある空の下で白い無機質なひかりを放つセブン-イレブンによって、自炊しないといけないと思いながら選んだカップラーメンによって、ぼくたちは戦争をはじめる。

「きっとまだできることがある」
アルコールと乳酸とストレスによって歪んだ思考回路できみは思う。きっとまだ努力が足りない。きっとまだ工夫できる。もっと自己研磨して、残業をして、早出をして、休日も潰して、当然に厳しい社会において、いつの間にか選んでいた「社会人」という立場において、涙を流すのを甘えだと耐えて、その価値を発揮できない責任を感じはじめる。

別に国会で決まったわけでもない社会人のルールを胸に刻んで、奨学金を返せないとか大学に行けないとか基本給が13万だとかいっているアカウントにその怠慢に対する怒りをぶちまけて、そして人身事故を告げる駅のアナウンスに「死ぬならひとりで死ね」とつぶやいてから、どうしてあらかじめ1時間前に出勤しないのかと怒鳴る上司に黙って頭を下げる。

『社員ひとりひとりの成長の総和が会社の成長である』
朝礼で社訓を暗唱できるきみは、だが知らない。
きみは貧しい。
きみは豊かにはなれない。

では、貧しいぼくたちの、その総和の先にあるものはなにか?

トヨタ自動車は2012年から2019年までの7年間で利益を増額する。
純利益、1.7兆円増。

その先にあるものはなにか?

駅前で護憲を訴える革新政党のおばさんに向ける通勤客たちの嘲笑と冷笑の視線や、休日の情報番組で「戦争ができないなんて国としておかしいですよ」と言い放つコメディアンに与えられた喝采の、その先にあるものはなにか?「韓国メーカーへの技術流出」に感じる黒い憎悪や、「中国軍機に自衛隊機スクランブル発進」のニュースに対して「またか」と思ってしまう慣れの、その先にあるものはなにか?努力不足の自己、奪っていく外国、透明なふりをする政治、そのなれの果てはいったいなんなのか?

ぼくたちには理由がある。

1941年から1945年まで、四大財閥は全国投資額における割合を大幅に増やすことに成功する。
プーチンはウクライナへの侵攻を「特別軍事作戦」と呼んでいる。
韓国と台湾は日本から"奪った"半導体のシェアを独占している。

だから、ぼくたちは戦争をはじめる。

奪われた富や資源や産業や外貨を取り戻すために戦争をはじめる。戦争ができる普通の国であるために戦争をはじめる。日本人が自信を取り戻すために戦争をはじめる。人身事故の犠牲者に悪態をつくその倫理観のために戦争をはじめる。自分と同じ境遇の他者に対する想像力すら失ってしまったがために戦争をはじめる。ダサい平和運動に対する冷笑と嘲笑の果に戦争をはじめる。台湾海峡や尖閣諸島や竹島を守るために戦争をはじめる。戦争を軍事作戦と呼び替えて戦争と認めないために戦争をはじめる。一時的な非常事態でありすぐに日常に戻れると信じて戦争をはじめる。政府の指示に従うことが社会人として当然だと信じて戦争をはじめる。感情や人間らしさを殺して社会人でいるために戦争をはじめる。家族や友人や子どもたちを守るために戦争をはじめる。自衛隊や関連企業が雇用を生み出すからといわれて戦争をはじめる。国際社会で生き残るためといって戦争をはじめる。自衛のために戦争をはじめる。もともとあの島や半島や半導体や電気自動車の技術は日本のものだったといって戦争をはじめる。あいつらは日本人より怠惰で愚かで遺伝的に劣っているパクり民族だというツイートにいいねが集まって戦争をはじめる。独裁政権を倒すためだといわれて戦争をはじめる。戦闘機でいつも脅していたのはあいつらだといって戦争をはじめる。安保法制のために戦争をはじめる。正しいのは日本であって中国や韓国や国連は間違っているといって戦争をはじめる。もう9条はないから戦争をはじめる。政治を変えないために戦争をはじめる。透明になったが依然あなたの前に立ちはだかっている政治の果に戦争をはじめる。消去法で自民党に入れていたすえに戦争をはじめる。戦争をしたい政治家や政党に票を入れ続けていたことにすら気がつかなかったために戦争をはじめる。

GDPのためにあなたが銃でこどもを殺す、
そのために善良なあなたは戦争をはじめる。

あの、1940年代の戦争は自衛のためだった、あるいはアジアのためだったという「正しい歴史認識」も、最後に原爆がふたつ落ちたことをフェイクだとはいわない。

破滅をおそれてはいけない。

社会で政治の話は禁句である。大多数が自民党に入れる。平和運動の連中は学生運動の残滓である。民主主義は選挙でのみ示さなければならない。デモはテロである。韓国人や中国人は日本を脅かしているという上司の言葉を否定してはいけない。給与20万円で文句を言ってはいけない。政治のことを口に出すアーティストはきらいだ。モリカケばかりの野党に票を入れるなんてできない。桜を見る会なんてどうでもいい。トリクルダウンはいつか来ると信じている。円安で製造業が儲かるためには国民は痛みに耐えなければならない。社会人はいつも笑顔。社会に迷惑を掛けるな。仕事のことを第一に考えろ。他人のためのリソースなんて吐くな。もっと努力を考えるのが社会人として当然だし、ぼくらは人間である以前に社会人である。だからつぎの参院選でも自民党に入れる。ぼくたちは「社会人」である。

きっとぼくたちは戦争をはじめる。

戦争を、はじめる。


それも、すぐに。




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