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勉強でも娯楽でもない「癒し」としての読書の可能性とは?

メンタルヘルスの問題に悩む人は多い。一見すると万事順調に見える人がうつ病を経験していることも珍しくない。帰国子女、東大法学部卒、外資系企業での通訳を経験、というキャリアを持つ寺田真理子氏も、そんなひとりだ。読書によってうつ病から回復した経験から、癒しとしての読書を提唱し、現在は日本読書療法学会会長を務める寺田氏。どのような思いで読書療法の啓発活動をしているのか、深層に隠れた真相にせまる。

―これまでの略歴を含めて簡単な自己紹介をお願いします。

日本読書療法学会会長を務めています。

長崎県出身ですが、メキシコ、コロンビア、ベネズエラと南米諸国に9年間滞在しました。幼稚園はメキシコで通い、金子みすゞさんの詩にあるような、「みんな違ってみんないい」という価値観で育ちました。

小学校入学直前に帰国したものの、日本語がわからず、生活習慣も理解できず、いじめられるようになります。ようやく日本の生活になじんだ小学4年でコロンビアに行ったのですが、現地は治安が悪く、自宅を狙撃されたり、ゲリラグループに学校を脅迫されたりしました。この頃から、「どうして自分ばかりこんな目に遭うのだろう」という思いを持つようになりました。

中学3年で帰国し、国際基督教大学高校を経て、東京大学法学部を卒業しました。卒業後は多数の外資系企業での通訳を務めましたが、激務に加え、「どうして自分ばかり……」という思考のくせもあって、うつ病を経験しました。

最初は文字も読めない状態でしたが、少しずつ読めるようになり、本とともにうつ病から回復することができました。この経験を基に2011年に日本読書療法学会を設立しました。現在は執筆や翻訳、講演活動などを通して、癒しとしての読書の普及に努めています。

―読書というと資格試験の勉強や、マンガを読むなどの娯楽というイメージがありますが。

たいていの方は勉強か娯楽としての読書しか認識されていないかもしれませんが、それだけではありません。読書には心を整えてくれる大きな働きがあるのです。

音楽鑑賞や散歩など様々なリラックス方法の中で、もっとも効果的な方法が読書だというサセックス大学の調査結果があります。ストレスレベルを68%も引き下げたのです。読書は共感力を高めてくれるほか、就寝前の読書によって寝つきがよくなる効果も実証されています。健康寿命を延ばすには読書が最適だというAIの分析まであるのです。

読書のこのような力は、古代ギリシャの時代から認識されていました。図書館の入り口に「魂の癒しの場所」と記されていたほどです。現在では、「読書によって問題が解決されたり、なんらかの癒しが得られたりすること」を意味する「読書療法(読書セラピー、ビブリオセラピー)」として世界中で活用されています。

イギリスでは国として本を処方する取り組みがありますし、イスラエルでは読書療法家が国家資格になっています。日々の悩みごとにだけでなく、認知症やうつ病、腰痛治療など、幅広く活用されているのです。

私自身も、読書療法のおかげで、うつ病から回復することができました。そんな読書療法の存在を知って、役立てていただきたいと思っています。

―今後のビジョンについてお伺いできますか?

読書療法をもっと身近なものにしていきたいです。『心と体がラクになる読書セラピー』の出版によって、読書療法の認知度が向上したことを実感していますが、まだ一般的に普及しているとまでは言えないでしょう。

悩んだときや辛いときに、本が力になってくれると知っているだけでも、生きることがラクになると思います。読書療法の存在を知っていただけるように、引き続き各種の媒体での執筆や取材対応などを通して普及に努めていきます。また、読書会を開催できる方たちを増やしていこうと考えています。

―どうして読書会なのでしょうか?

読書療法は様々な形で行われています。精神科医が患者さんに本を薦めるような専門性の高いケースから、ダイエットのために本を読んで実践するような身近なケースまであります。専門的に読書療法を行うには、心理学の知識や本についての膨大な知識も必要になるため、どうしてもハードルが高くなってしまいます。

ご自身の経験から読書療法の力を実感している方や、本の力で人のために何かしたいという思いを持った方は多くいらっしゃいます。そんな方たちにとって、身近なところでできることは何かと考えたときに、読書会というのはひとつの答えなのではないかと思ったのです。多くの本について知らなくても、たとえば自分が精神的に辛かったときに支えてくれた本を紹介するのであれば、その経験を語ることで伝わるものがきっとあるでしょう。

私も4年ほど読書会を開催してきて、読書会が参加者の精神的な支えになっていることを感じています。学校や職場、家庭でもできないような話ができる場としての読書会があれば、生きやすくなる方も増えるのではないでしょうか。いわば参加者にとってのアジール(避難所)やサードプレイスです。本を媒介にそのような居場所をつくっていけるのではと思っています。

(プロフィール)

日本読書療法学会会長・作家・翻訳家
寺田真理子

著書に『心と体がラクになる読書セラピー』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『古典の効能』(雷鳥社)など。訳書に『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと』(Bricolage)、『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)など多数。


『心と体がラクになる読書セラピー』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン)


『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)

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