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つながりは元気のモト

視覚障害のある方の中には、見えないからつまらないから、面倒かけるから申し訳ないからなど、さまざまな理由で気の知れた仲間との集まりから遠ざかる方がいます。だから、たとえ目が見えにくい状態を抱えている方であっても参加を歓迎し、活動を楽しむ方法を一緒に考えてくれるグループとのつながりを、できる限りたくさんつくりたいと思っています。大きなグループじゃなくてもいいんです。数名で定期的にどこかに集まって、ただただ日常のことをしゃべるだけでも良いと思います。こうしたいつもの何気ない集まりが、とても大切な社会資源となり得るし、健康維持のための重要な要素といわれることもあるんです。

「社会的処方」をご存知でしょうか? これは、薬を処方して人を健康にしていくのではなく、人とのつながり(社会的資源)を処方することでその人を元気にしていこうという取り組みのことです。処方といわれると、医師の仕事と思われがちですが、社会的処方は、広い意味では、みんなが社会資源をつなぎ合うことと捉えることができます。

ある小さなグループは、月に二度集まって、一度はいつものおしゃべり、もう一度はiPhoneを使えるように一緒に練習をしたり、アプリについて情報交換をしています。別のグループは、視覚障害のある自分たちが利用できる制度について勉強して、福祉制度を賢く利用しようと定期的に勉強しています。またあるグループは、一緒に歩いたり、走ったり。グループの大小はありますが、どこのグループも、視覚障害があってもなくても、みんなが楽しめる工夫を楽しんでいます。視覚障害があることを理由に、やってみたいという気持ちを我慢するのではなく、やってみたいと思ったことをどうしたらできるのかなと工夫することも含めて楽しめる場とのつながりを、たくさん処方できたらなと考えています。

訪問型視覚リハビリテーションの提供施設に勤務し、歩行訓練を提供していた頃、先輩にこんなふうにいわれました。「なにも一人で歩けなくてもいい。行きたいところにタクシーを使ってでもいいから行かれたらそれでいい。外に出て、誰かと会って話せる環境をつくるのも歩行訓練の一部だから」場の提供、社会的処方、そんなことを教わっていたわけです。

これには続きがあります。「それに、技術を覚えて歩けるようになっても、その技術を使って通える場所がなければ、その人はまた歩けなくなるんだよ。一人で通える場所までつくって、歩行訓練を終えられる」若い頃に教わったことを再確認できました。

視覚に障害があっても外出できる技術の提供のみならず、その技術を活かして通える場の提供、社会的処方も忘れずに行いたいものです。そのためにも、視覚障害のある方に歩行訓練を提供する視覚リハビリテーションへとつなげるための社会的処方を、ここまで文を読んでくださった方々にはお願いしたいです。

文献
西 智弘 (2023) 社会的孤立と社会的処方. 精神科治療学, 38 (10), 1179-1184.

文:尾形真樹

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