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令和2年 長野県中部群発地震(上高地の群発地震)の射程を考える

はじめに

4月に入って活発化している長野県中部の地震活動。震源地は長野県・岐阜県の県境にほど近い上高地に集中しており、時として飛騨(高山)側でも地震が起きています。焼岳の噴火か、未知の断層か、1998年群発地震の再来か。トンデモ学説やスピリチュアルな見解を排し、データと査読済み論文を用いてその射程を考えます。

<令和2年 長野県中部群発地震の概況>

2020年(令和2年)4月23日(木)に発生したM5.5の地震。震源地は岐阜県境にほど近い長野県中部(上高地)であり、震源の深さは「ごく浅い」ものと発表されています。

この日を境に、長野県中部を震源とした地震が急増し、震度1以上の有感地震の件数は4月23日中に20件、4月24日中に10件、4月25日中に8件が観測されています。いわゆる「群発地震」の発生です。

実際にはM5.5の地震が発生する前の時点で、4月22日には5件の有感地震が観測されており、これが前震とも考えられますが、探索範囲を震度1未満の微小地震にまで広げて調査してみる(気象庁の震源リストでは、その日に観測された全ての地震情報が集約されています)と、4月15日ごろには微小地震の数が20件を越えており、活動の兆候らしきものも伺えるのでした。

25日以降も地震は続き、有感地震こそ少なくなったものの、微小地震を含めた地震は続き、5月3日14時13分には5日ぶりとなるマグニチュード3.0超の地震が発生しました。微小地震を含めた地震の発生件数は、4月21日から5月3日の約二週間で、約2,000件に達しています。

日ごとの地震発生件数を追うと、15日ころから徐々に増加し、22日には一日100件を越え、23日には一日1,000件を突破、その後、一度沈静化したものの、5月に入って再活性化し、5月3日には一日500件に迫る勢いを見せております。

しかも、その震源地は上高地を中心とした、わずか10km四方に集中しているというのですから驚きです。文部科学省の防災科学技術研究所が公開している長野県の一週間図を見ていても、その密集傾向は明らかです。

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色の濃淡はその震源の深さを、水色の線は既知の活断層を、点の大きさはそのマグニチュードを意味していますが、ごく浅い場所(真っ赤)で、右下以外の既知の活断層(水色の線)とはあまり関係がなく、小さな規模の地震が頻発していることが見て取れます。

一体、地下で何が起きているのでしょうか。

フェーズ1.現象自体を眺めてみる

はじめに地震が生じた時、その震源の深さが「ごく浅く」、震源地が上高地近辺、M5.5ということで、はじめに疑ったのは、直ぐ側にある活火山「焼岳(やけだけ)」の動向でした。

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焼岳の標高は2,455m。ここ百年ほどの間にも何度か噴火しており、大正時代(1915年)の噴火で形作られた「大正池」や、昭和時代(1962年)の噴火における山小屋倒壊などで知られています。

平成時代は比較的おとなしい印象でしたが、近づくものには容赦なく、アカンダナ山腹の安房トンネルの工事では火山性の水蒸気爆発が発生し、死者4名を出す痛ましい事故となってしまいました。

令和に入ってからも噴気や地震の発生が報告されており、そこに今回の地震です。いちはやく気が向くのも、当然と言えるものでした。

国内の活火山の動向については、気象庁が監視カメラ映像を配信しているほか、経済産業省の防災科学技術研究所が、気象庁分を含めた火山観測網の情報を整理し、連続波形画像を公開しています。

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焼岳の上下動を見てみると、11時45分ころに「ドン!」と揺れだして・・・。

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それを皮切りに、画面を覆い尽くす勢いで、上下動が観測されています。M5.5の地震発生時を中心とした24時間図はこちら。連続波形画像のページでは 上下動・水平動(南北軸/東西軸)・空振計の三種四画像を見ることができますが、概ね似たような傾向でした。

連続波形画像は、横が秒、縦が分をあらわし、1時間図であれば横60メモリ・縦60メモリで表記されます。どこかのタイミングで揺れがあれば、その揺れは図の振幅として記録されるわけです。

つまり横一直線が一分を意味するわけですが、例えばM5.5の地震が発生したのは13時44分ごろ。13時台の図をみてみると・・・。

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縦軸の45より少し上、つまり13時44分あたりを境にして、それ以降、地面がグワングワンと揺れていることが分かります。

はじめに図を見た時は、噴火警戒レベルの見直しが来るかもな・・・と思ったものでした(ちなみに焼岳の噴火警戒レベルは現状のところ「1」が維持されています)。

ただ、時間が経ち、M5.5地震以降の観測データが明らかになるにつれ、「これは火山性じゃないぞ・・・」という事が見えてきました。噴火が近づいている場合、地下深くからマグマまたはマグマに暖められた水蒸気が登ってくるため、その動きが火山性微動として観測されることが多いのですが、今回の一連の地震では、今のところ、全くといって良いほどに火山性微動がないのです。

火山性微動とは、通常、こんな形で観測されます。

草津白根山2

これは4月29日17時の群馬県・草津白根山の様子(水平動・南北軸)ですが、すべての時間に渡って際限なく小さな振幅が記録されており、地下で何かが動いている(あるいはマグマの気泡が弾けている)ことが分かります。また空振計でも激しい空振が観測されていました。

これらの動きを見た気象庁は、翌30日、草津白根山周辺に対し「噴石を伴う噴火」への警戒を呼びかけることになりました(噴火警戒レベルは「2」のまま据え置き)。

草津白根山の観測データと焼岳の観測データを見比べてみると、草津白根山がひたすらに揺れ続けるのに対し、焼岳の動きにはメリハリがあります。それは11時の図で顕著ですが、13時の図についても大きな振幅のあとは必ず小さな振幅となっており、やはりメリハリがあるのです。

メリハリがあるということはすなわち、微動というよりも地震なのですが、火山性の動きにも、火山性微動のほかに火山性地震というものがあります。火山性地震は通常の地震と同じく、地下の岩盤が破砕されることで生じるため、観測データとしてはメリハリがつき、通常の地震と区別がつきません。

原因は異なる(火山性ならばマグマの侵入などによる岩盤の直接破壊または圧力、通常の地震ならばプレートの動きその他による岩盤への圧力)のですが、データとしては見分けがつかないのです。

では、火山性地震と通常の地震をどう区別するかと言えば、それは震源の位置で区別されます。火山の山体近く、または直下で生じているのであれば、それは火山性地震の可能性が高く、一方、火山で揺れが観測されたとしてもその震源地が火山から離れていたり、火山以外の場所でも頻発していれば通常の地震と考えることが出来ます。

そして今回の地震の場合には、その震源地は焼岳火山の直下と言うよりも、そこから5kmほど離れた上高地にありました。山体近くといえば近くなのですが、震源地は上高地を中心に焼岳の反対側にも広がっており、火山以外の場所でも頻発しています。そして、その動きはメリハリのついたものばかりで、火山性微動も観測されないため、「火山性じゃないぞ・・・」ということになるのでした。

フェーズ2.原因を考えてみる

とりあえず、「今すぐ噴火するぞー!逃げろー!」といった事態でないことは分かりました。では、今回の地震の原因が火山性ではないとして、何が原因で発生しているのか、それを突き止める必要があります。

ここでHAARP兵器が・・・といったトンデモ説に飛びつくのもエンターテイメントとしては楽しいのですが、現実の原因究明手段としては無価値です。丹念に、定説から原因探しをしていくことにしましょう。

ここで頼りになるのが地震本部のページです。正式名称は日本国政府 地震調査研究推進本部(The Headquarters for Earthquake Research Promotion)。略して「推本」とも呼ばれます。文部科学大臣が本部長を勤め、関係各省の事務次官が本部員を勤める組織で、文字通り、地震調査研究のヘッドクォーター(司令部)です。

地震本部では調査結果に基づき、全国の地震リスクを検証、都道府県別のリスク調査結果を発表しているのですが、例えば長野県であれば、こんな具合です。

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注意すべき活断層や巨大地震などが記載されておりますが、今回の地震域に重なりそうなものは一件だけでした。それが上高地の南方(下図で言う右下)を通る境峠・神谷断層帯です。

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焼岳火山群の直下に端を発し、上高地の南方を抜け、伊那へと至る大断層。地震本部によれば、「全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.6程度の地震が発生すると推定」されています。ただし、最新の活動時期は「約4900年前−2500年前」とされており、発生確率も「30年以内に、0.02%〜」とされておりました。確率はあんまり高くない様です。

ただし一応、念を押しておく必要があります。最新の学説状況も確認しておきましょう。こんな時、頼りになるのが国立情報学研究所のCiNiiと科学技術振興機構のJ-Stageです。基本的には査読済みの学術論文が掲載されるため、ある程度の信頼を置いて読むことが出来ます。

これで検索すると・・・名古屋大学と立命館大学、京都大学による共同調査記録に突き当たりました。「境峠-神谷断層帯南部の最近2回の活動時期(杉戸ほか、2008)」です。表題の通り、トレンチ調査によって最近2回の活動時期の検証が行われています。

いわく「本研究による最新活動時期は800〜1,520calBPである。」(同p.187)。そして最新より一回前の活動時期は従来の「約4900年前−2500年前」と一致するため、これより後にもう一回活動があったことが想定され、「大地震の長期評価に再検討を迫る」(同p.188)とされています。

なるほど五千〜三千年に一度というより、千年に一度くらいの頻度が想定されるわけです。すると前回の活動時期から800〜1,520calBP、炭素年代測定によるcal(キャリブレーション)BP(ビフォア・プレゼント)を西暦に直して、870年〜1590年ほど経っている以上、いつ活動を始めても不思議はなく、この説の論旨が正しいとすれば、大地震の発生確率は格段に上がるというわけです。

では、今回の事例がそれに当たるのでしょうか。4月23日時点での位置情報を元に21件の有感地震の震源地(22日の1件、23日の20件)をプロットすると以下の様になりました。

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うひゃぁ・・・。はじめは悲鳴をもらしつつプロットしていたのですが、よくよく考えてみると、断層帯全体の活動にしては震源地が偏りすぎています。これが大規模活動の前兆であるとすれば、もっとバラけていてしかるべきはずです。

例えば宇宙戦艦ヤマトを考えてみてほしいのですが、ヤマトが地球から発進する際、はじめは艦首のみが動いていても、最終的には艦全体が地面を突き破らなくては発進できません。断層もまた同じく、仮に今回の地震が大断層のウォーミングアップであるとすれば、それは徐々に全体に波及するのが通常なのです。

境峠・神谷断層帯の深さは0km〜15kmとされているため、震源の浅さについてはこの断層帯で説明がつくのですが、震源地が北東端に塊となっている理由がよくわかりません。翌日・翌々日になってみても震源地は動かず、つまり震源=地盤の破壊は波及しているというよりも、一地域に集中しているという見立てが支配的となりました。

すると副次的な原因が境峠・神谷断層帯の活動にあるとしても、主要な原因とは考えにくい。上高地周辺でのみ地震が起きる、別の原因があるはずです。それを考える必要が出てきました。

フェーズ3.上高地に集中する原因を考えてみる

では、CiNiiおよびJ-Stageに戻り、上高地の地震を検索。すると京都大学の論文に突き当たりました。「1998年飛騨山脈群発地震後の深部低周波地震群発活動(大見ほか、2001)」です。

飛騨山脈群発地震、そう、その通りです。すっかり焼岳と境峠神谷断層に目を奪われていましたが、以前、北アルプス槍ヶ岳の周辺で地震が起こった際にも、「98年の群発地震が・・・」と取り沙汰されたことを思い出しました。

上記論文によると、報告の第一報は1999年の京都大学防災研究所年報 第42号B-1にある様です。早速、「紅(くれない)」にアクセスしました。「紅」とは、京都大学学術情報リポジトリの通称です。中二病をこじらせた様なコードネームですが、Kyoto University REsearch iNformAtion reposItory の頭文字をとった略称とされています。・・・えっ、頭文字ではないって・・・でも、京大は頑なに「紅だァーーーッ!!」と言い張るんだよなぁ・・・。X JAPANのファンでもいるのかしらん。

本題に戻りましょう。第一報「1998年飛騨山脈群発地震(和田ほか、1999)」によれば、群発地震は1998年8月7日に発生。一旦数が減少した後に8月16日にM5.4の最大地震が発生し、観測史上最大を記録しました。そして有感地震の観測件数が少なくなり、災害対策本部が解散した後も無感地震(微小地震)は絶えず観測されたということです。今回はどうでしょうか。

気象庁の震源リストで毎日の地震の数を見てみましょう。「長野県中部」でソートしていくと、4月23日の1,000件超をピークに地震数は減少傾向にありましたが、5月からは再び増加に転じ、500件に迫っています。なるほど、1998年と似た傾向が見て取れます。

この報告で目を引いたのは、「震源域の移動、再帰の傾向が見られた。(同p.88)」という点で、その速度は一日1-2kmほど、活動域は上高地の東西軸、穂高岳〜槍ヶ岳の南北軸、野口五郎岳周辺の南北軸の3つがありました。今回の地震の場合、上高地周辺が卓越しており、後者2つについては地震がほとんど見られておりません。この辺りは1998年と今回の違いと申せましょう。

というより、今回の地震は上高地の東西軸に加えて、上高地の南北軸という新たな動きが見て取れます。それが明白になったのは、長野地方気象台の報告が出たときのことでした。

フェーズ4.上高地黒沢断層

4月23日、長野地方気象台は地震解説資料第1号「令和2年4月22日からの長野県中部の地震活動について」を発表。これまでも緯度経度レベルでは明らかになっていた震源地が更に詳細化され、その動向が見えてきました。特に参考となるのがp.3の震央分布図(詳細図)です。

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南北軸と東西軸がクッキリと見て取れます。白地図ではどこがどこなのか、場所(所在地)が分かりにくいため、縮尺を統一し、国土地理院「地理院地図」(地形図)にプロットしていきましょう。

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すると、こういった具合です。上高地の平地部分に東西軸、六百山から徳本峠(とくごうとうげ)にかけて南北軸が所在しています。これを説明できるモデルはあるでしょうか。

1998年の飛騨山脈群発地震については、地元の国立大学 信州大学による追跡調査があり、「上高地に存在する活断層について(井上ほか、2012)」にまとめられています。そして1998年に観測された「東西に帯状の集中域」については「複数の断層露頭が確認された。」とされています。その「傾斜は60〜90°と高角」であることから、震源地があまり散らばらず、上高地の直下にあることが説明できそうです。いわゆる「上高地断層」の存在です。

では、南北軸は何者でしょうか。調べてみると同じく信州大学による報告がありました。2012年の報告を行った井上篤氏、原山智教授に、本合弘樹氏が加わり、本合氏を筆頭筆者とする報告「上高地の活断層 : 1998年飛騨山脈群発地震の震央集中域との関係(本合ほか、2015)」がなされています。その続報として「上高地の活断層地形―上高地黒沢断層および徳本峠断層との関係―(本合ほか、2016)」があります。

両報告には「赤色立体地図を用いたリニアメント」という言葉が出てきますが、せっかくなので実際に地形を見て、二つの報告を追っていきましょう。なお、ここにいうリニアメント(lineament)とは断層等の存在が推定される直線状の地形のことです。

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赤色立体地図(特許3670274、特許4272146)をウェブ上で公開するためには、利用規約上、アジア航測株式会社の特許権実施許諾登録が必要であるため、代わりに国土地理院の傾斜量図を引用致します。国土地理院が公開している該当箇所の赤色立体地図へのリンクはこちらです。

さて、傾斜量図では傾斜の急な場所は黒く、緩やかな場所は白く表示されます。四方を3,000m級の高山に囲まれて、その中央に位置する堆積平野(左下から右中央にかけての白い箇所)こそが上高地ですが、十字カーソルの場所から下方(南方)へ向けて、クッキリとした幅広の白い筋が見て取れます。

周囲を黒(急傾斜地)に囲まれた白の地帯。典型的な谷地形ではありますが、侵食で出来たにしては異様に白くのっぺりとしており、しかも直線的です。通常、水が地面を削る場合には、地質(地面の硬軟)によってくねくねと蛇行するのが常ですが、この谷の場合、西側も東側もナイフで切ったかのように、綺麗な直線となっています。まさにリニアメント、直線構造が存在しているのです。

そして本合ほか(2015)の地表踏査によれば、この地域では破砕帯露頭が確認されました。すなわち断層と思しい。この断層は、所在地である谷の名前(黒沢)をとって「上高地黒沢断層」と名付けられました。正確には谷の西側が「上高地黒沢断層」、東側が「徳本峠断層」と名付けられています。先程の地形図にプロットしてみましょう。

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すると、こうなります。正確には徳本峠断層は二本あり、そのうちのメインは上図で二本引いている青実線の真ん中にあるとされているのですが、南北軸の全容をみるために全三本中、両端の二本(上高地黒沢断層及びサブの方の徳本峠断層)のみ表示しています。

現実の震央(地下にある震源地の直上地点)は、上高地黒沢断層よりも1〜2km西よりにありますが、これは上高地黒沢断層の上盤が西であり、かつ受け盤(西向きに沈み込んでいる)であるという本合ほか(2016)の報告に整合的です。

Hi-net 高感度地震観測網のAQUAシステム メカニズム解カタログを見てみても北から168.7°方向に走る断層(つまり、ほんのり西向きの南北軸)が、55.9°の急傾斜で西側に沈み込んでいることが分かります。つまり断層をそのまま地中へ下げていくと、おおむね今回の震央に当たるのです。

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実際、朝日新聞の報道(5月4日付「長野)上高地で群発地震 落石、地割れ相次ぎ、地元不安」)では、傾斜量図の十字マークの辺り、明神池の周辺での落石や10mに及ぶ地割れがレポートされており、現実に起こっている事象と想定される理屈が噛み合っています。

一点気になるのは、現実の断層の動きが従来予想されてきた逆断層型(上盤がずり上がる動き)ではないということです。Hi-netや気象庁のデータを見る限り、むしろ正断層(上盤がずり下がる)的な要素を持つ横ずれ断層として作用している様に見えますが、いずれにしても南北軸の動きとその断層の位置を発見していた本合ほか(2015および2016)の学問的な価値を損なうものではないでしょう。

フェーズ5.群発地震の射程を考える

4月下旬に活動をはじめた上高地の断層群は、5月3日、5月5日にもM3.0を超える地震を発生させ、一日の地震数は再び500に迫っています。その原因は、1998年の飛騨山脈群発地震を引き起こした「上高地断層」および本合ほか(2015)の報告にある「上高地黒沢断層(徳本峠断層)」と思料されるところです。

では、この地震は今後どうなるか。

浅い場所で小さな揺れが頻発していることから、岩盤に小さな傷が生じていることは確かなものの、その小さなひび割れが即、大規模破壊へ至ることは考えづらいことです。ヤマトの例を思い出していただくと良いのですが、たとえば「フォッサマグナ(の西端である糸魚川・静岡構造線)が動く」という場合には、震源地はもっと構造線へと近づいていくはずです。現在のところ(5月5日10時現在)、そういった事象は観測されておらず、それは境峠・神谷断層帯についても同様です。

しかし、過去の例からすれば、一度M5クラスのヒビが入ると、当分の間はその調整局面が続くと考えられます。しかも震源の深さが非常に浅い(深さ0〜5km)ため、小さな調整でも地表によく響き、激しく揺れることになります。たとえば1998年の群発地震の13年後、松本市では震度5強を記録する地震がありましたが、その震源の深さは4kmでした。

そのため大地震には繋がらないにしても、中小規模の地震から大被害が生じるリスクがあり、引き続き警戒が必要です。

4月28日、長野地方気象台は「令和2年4月22日からの長野県中部の地震活動について(第2号)」を発出。28日13時現在の有感地震数が52件にのぼったことを明らかにしつつ、最新の詳細データを公表しました。

震央分布図(詳細図)を引用し、これを眺めてみましょう。

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地震の数そのものは随分と増えましたが、その範囲は10km内外にとどまっています。赤丸(徳本峠周辺)を基準に考えると、その震央は三つの集合に分けることができそうです。地形図で見ていきましょう

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すなわち上高地断層と上高地黒沢断層が織りなす中央群(①)、上高地黒沢断層の南端にあたる島々谷南沢から霞沢の東方群(②)、上高地断層の西端から釜トンネル入り口に至る西方群(③)です。

プロット新2

①の中央群については、北半分が1998年の群発地震に似ていますが、霞沢岳の直下にまで震央が分布している南半分は1998年には存在しなかった領域で、今回の上高地の群発地震では東西方向のみならず南北方向の断層が動いていることが伺えます。

②の東方群については、南北軸の上高地黒沢断層が横ずれ断層として動いていることから、その端にあたる領域に負荷がかかり、新たなひび割れが生じていると考えることができそうです。

①と②についてはその性質上、今後とも当分の間、地震が続くことが考えられます。先述の通り、規模は小さくても揺れが大きいことが考えられるため、備えておくに越したことはありません。

問題は③の西方群です。火山の麓に広がるひし形の震央分布、これは一体何なのか。

③の領域は、焼岳の山体を北方から南方へ縦断し、安房トンネルの入り口(釜トンネル入り口)付近、境峠・神谷断層帯のすぐ近くを南端として止まっています。ちょうど中の湯温泉旅館の旧所在地あたりです。

中の湯や卜伝の湯(ぼくでんのゆ)といった温泉の湧出や過去の事故から、この辺りに高熱源帯があることは間違いないため、火山活動への刺激とならないかが気にかかります。

ご案内の通り、この地震は元々は火山性のものではないと考えられます。しかし、火山性でない地震その他の活動が、火山活動を誘発することはあり得るのです。かってのトンネル工事の例をみてみましょう。

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1995年当時の地質研究所の報告によれば、南端部では1.5kmの噴煙が上がったことが確認されています。

とはいえ、恐れすぎることもありません。この場所には過去の事故への反省から、横河電機による観測井(ガスクロマトグラフ分析による自動化システム)が設置されており、もし異変があった場合には直ちに報告されるはずなのです。

そして現時点では異常の報告や火山性微動も確認されておらず、問題はなさそうです。まぁしかし、やはり警戒は必要と申せましょう。なにしろ焼岳はこんな規模で地面を抉れるだけの力を秘めているのですから(写真は③の地域にある4000年前の溶岩流跡「下堀沢」です)。

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追加:5月5日の焼岳

・・・とまぁ、ここでこの記事は終わる予定でしたが、困ったことになりました。これを書いているのは5月5日の16時です。下書きの確認も終わり、最後のデータチェックをして記事の公開設定をしようと思っていたのですが、焼岳につきまして、5月5日のお昼あたりから突然、有意な地震が無いにも関わらず、空振が始まっています。

これは5月5日12時台の連続波形画像(空振計)画像です。

空振すごい

空振が起こる原因としては、一.大きな地震の前兆(4月23日のM5.5地震の場合は約6時間前から空振が見られます)、二.火山活動の前兆(草津白根山の様子をご覧ください)、三.よく分からないけれど地鳴り、が考えられますが、三で結構なので、沈静化してほしいところです。

→5月5日18時追記:沈静化傾向が見られてきました。

こんなハリウッド映画のポストクレジットみたいな形で記事を締めるつもりはなかったのですが、これもまた自然現象。教科書通りにはならないものです。どうぞご安全にお過ごしくださいませ。

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