見出し画像

町を駈ける女優~栃木市を歩きながら、吉岡里帆主演『しずかちゃんとパパ』について想ったこと

栃木県の栃木市に行く用事があったときに、近くに『しずかちゃんとパパ』のロケが行われた商店街があると聞いたことを思い出し、足を伸ばしてみた。

ドラマや映画のロケで撮影許可などをお膳立てしてくれるのが各地のフィルム・コミッションだが、栃木市フィルム・コミッションのWebサイトには、過去のロケ支援実績として、『しずかちゃんとパパ』(撮影場所:うずま公園、巴波川沿い、ミツワ通り、嘉右衛門町)と記載されている。ビジュアルとしてのシンボルとしてドラマの中にたびたび登場した「ミノワ通り共栄会」と書かれた商店街のゲートは、栃木市内に実在する「ミツワ通り共栄会」の文字を一部だけ変えて使われた(冒頭の写真=撮影・筆者)。

ドラマ『しずかちゃんとパパ』は、2022年にNHK BSプレミアムとBS 4Kで放送され、ATP賞テレビグランプリ・優秀賞ドラマ部門、放送文化基金賞・番組部門テレビドラマ番組、ギャラクシー賞・奨励賞テレビ部門を受賞。2023年7~9月にNHK総合「ドラマ10」枠でもオンエアされた。

吉岡里帆が、同居する父親がろう者で自身は耳が聞こえる「コーダ」の主人公・静を演じ、父親役を笑福亭鶴瓶、商店街の開発を計画する会社に勤務する社員・圭一を中島裕翔が演じた。脚本はドラマ『ウソ婚』や映画『五億円のじんせい』などの蛭田直美。演出をTBS時代に『青の時代』『Summer Snow』などのドラマのチーフ演出を担当した松原浩、フジテレビ・日テレ時代に『ナースのお仕事』『野ブタをプロデュース。』などをチーフ演出した岩本仁志(ともに現在の所属は日テレアックスオン)らが手がけた。

脚本作りにあたっては、主人公の静は吉岡里帆に当て書きした部分もあったという。それを聞いてからこのドラマを見ると、なるほどと思える要素が少なくない。

ドラマの主人公・静は、コーダとして育ってきたがゆえに、相手の気持ちががわかりすぎて、バイト仲間などにはそれが「こびてる」と見えて、ウザがられて嫌われる、という設定だった。

一方、素顔の吉岡里帆は、本人はそれを表にはあまり出さないけれど、ますすぐで、まじめなひとだ。WOWOWで放送されたドラマ『落日』(2023年秋放送)で共演した北川景子から「私は里帆ちゃんの真面目なところがすごく好きだし、信頼できる」という言葉をかけられてて救われた、とインタビュー(CREA WEB2023年9月7日配信)の中で吉岡が語ったことがある。

私も取材で何度か吉岡里帆に会ってお話をしたことがあるが、きさくで、気配りができて、気持ちの底にあるやさしさが伝わってくる女性だ。しかし、主演級女優として注目を集めるようになった当初は、それが裏目に出てしまって、世間では彼女が番宣で出演するバラエティなどで明るく笑っている姿に対してネット上で、「こびてる」「あざとい」「仕切りたがる」といった厳しい言葉を投げつけることも少なくなかった。

ドラマの登場人物の静はコーダという生まれ育った環境から、吉岡里帆は生真面目な性格から、と背景は異なるが、ともに、まわりの人の気持ちを汲むことがうまくて(というか、自然と「できてしまう」のだろう)、積極的に他人とコミュニケーションを取って明るくふるまい、それがときには誤解されがちだという点で似ているのは、脚本家などのスタッフが彼女に会って感じた印象から当て書きをしたからではないかと推測される。

ドラマの中の静は、「自分がなぜか嫌われる理由」を圭一によって読み解いてもらい、「今のままのあなたでいいんだよ」と言われたことによって、もやもやが取れて、心が救われる。そうしたシーンのセリフには、自分がまじめな性格であることにおそらく悩んでいたこともあり、世間の評価も少なからず耳に入っていた吉岡自身も、「今のままでいいんだ」と励まされたに違いない。吉岡里帆は、インタビュー記事の中で『しずかちゃんとパパ』について、「私はこのドラマに巡り会うために、これまで苦しい経験も経てきたのかな」と思えるようになりました、と語っている(ステラnet・2023年8月21日配信)。印象的なセリフが多いすてきなドラマだったが、吉岡里帆にとっても宝物のような作品になったことを、強く感じる。

今では、以前は違って、ネット上で吉岡里帆の第2ワードとして検索されていることばを見ても「かわいい」「面白い」という好意的なものが多くなっている。それは、彼女が好感度が高くなるように自分を変えたのではなく、今までと何も変わっていないのだが、作品のセリフや共演した先輩女優のことばに背中を押され、自信を持って「自分らしさ」を出せるようになったことによって、世間の人たちも、彼女のすてきさに気がつくようなったのだと思う。

ドラマのロケが行われた栃木の小さな商店街は、静かで、懐かしい場所だった。そこを歩きながら、私は、「吉岡里帆に似ている町だな」と思った。舗道を踏み出して、空を眺めているだけで、元気が出てくる。そんな気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?