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ジェイムズ・ボンド映画アクション進化論6『女王陛下の007』

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第6作『女王陛下の007』

 公開当時30歳だったジョージ・レイゼンビーの若さは、「洗練」より「肉弾」という表現が相応しかった。30歳代のボンドの登場は、次は実に『カジノ・ロワイヤル』まで待つことになるのだ。

 個人的な感想なのだが、格闘シーンの際にコネリーは「チョップ」、ムーアは「キック」、レイゼンビーは「パンチ」が特徴的だったように感じる。あらためて細かく見ると、プレタイトルの砂浜の格闘では「膝」を使って相手を溺れさせようとする、クレイグ=ボンドにも通じる戦闘的な(かなりえげつない)動きも見せている。

 ボンド自身の若返りとともに、作品としても原点回帰を狙った『女王陛下の007』にはQの活躍がない(登場シーンはある)し、アストン・マーチンもDBSに交代して秘密兵器はなし(ここが意外と重要)。「雪山」アルプスを舞台にすることで、原作で描かれたアクションの舞台のバリエーションも出揃った。

 思えばイアン・フレミングの原作はアクションでも実にさまざまなパターンを網羅している。『ロシアから愛をこめて』にはグラントとの死闘があり、『ゴールドフィンガー』には特殊装備のあるアストン・マーチン(ただし、DB3)が登場した。『サンダーボール作戦』では水中アクションが描かれた。

 もちろん映画の方がスケールもハッタリも増大しているが、ボンドアクションは原作に登場する基本アクションと、前作『007は二度死ぬ』から映画の専売特許として出てきた「高さ」のアクション──これらの組み合わせでできている。

 スペクターの秘密基地である山頂のピズ・グロリアでボンドが正体を見破られてからの「脱出行」は25分間。ロープウェイで5分。スキー単独行で5分。ふもとで追い詰められたところでトレーシーが現れ、ストックカーレースに紛れ込んだカーチェイスが5分。山小屋のラブシーンが5分あり、ラストは対照的に快晴の昼間に二人で逃避行するスキーシーンが5分。

 ロープウェイを使って監禁場所から抜け出すシーンでは秘密兵器は使われず、彼はズボンのポケットの内側を破って手袋代わりにする。こういうリアルな描写は『ドクター・ノオ』のトンネルのシーンを思い起こさせる。

 スキーアクションはスピードだけでなく、ある種の「無防備さ」があるせいか、この後シリーズでよく使われるアイテムとなる。ここでは途中で高い崖から落ちそうになる「落下」のスリルも描かれる。原作ではボンドの単独行がつづくが、映画ではそこにトレーシーが加わることによってエモーショナルに話が膨らんだ。あくまで原作をベースに展開を広げ、シーンを深めているのだ。 

 しかもストックカーレースでボンドは運転しない。ハンドルはトレーシーが握り、ボンドの妻として相応しいことを証明するシーンになっているからだ。ボンド自身はカーアクション、特にボンドカーの「無双状態」から徹底的に遠ざけられている。

 ラストの悲劇に向けた演出は、そこまで徹底しているのだ。本来は“大人の事情”からだろうが、レイゼンビー=ボンドが「DB5」ではなく「DBS」に乗っていたことは、意図せず重要な意味を持つことになった。


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