見出し画像

【期間限定】『法律事務所×家事手伝いダイバース フラグメンツ2024』note版第2話第2回

Amazon Kindle電子書籍『法律事務所×家事手伝いダイバース』の本編で語りきれないアイディアをまとめた「フラグメンツ」(”断片集”)シリーズ。

1年に1冊、1冊に4話、1話あたり約4000文字というルールを設け、すでに2冊を発売していますが、3冊目『2024』の9月発売予定を前にして、その一部を期間限定で公開します。

noteで公開するのは全4話のうち、第2話と第3話(それぞれ全3回)。残りの2編はぜひ本編でお楽しみください。

第2話 汐里お飲みめ 2

 やっぱりこうなっちゃったか?──圭介は水沢汐里のためのイタリアンワインを準備しながらそう思った。

 正式に招待したのは“まみむの三姉妹”──つまり、牧野紗栄子、水沢汐里、村田也哉子ややこの三人だけだったが、そこに古池一翔かずとと、圭介の息子二人が加わって、いつもの六人が顔を揃えている。

 そのなかですでに二十歳になっているのは汐里だけ。あとの五人は未成年だ。招待していないからといって、彼らから金をとるわけにもいかず、かなりの出費を覚悟する必要がありそうだった。

 汐里は早速“二十歳の献血”にも行ってきたという。人生はじめてのワインを味わう前に献血をするという発想は圭介にはなかった。

「本当にこれまでお酒を飲んだことないの? ちょっとぐらい経験あるでしょ?」

 そんな前フリをすると汐里は真面目に答えを考えた。

御屠蘇おとそとかビールぐらいなら……でもワインはほぼはじめて。興味本位に料理用のワインを舐めたことがあるくらいです」

 それを聞くうちに、「よしよし」と表情が緩んできた。

「そういう顔はやめろよ、オヤジ……気持ち悪いよ」

 ツッコミを入れたのは次男の康介だった。未だに家では「パパ」と呼んでいるくせに今夜は背伸びをしている。

「そんなことより──何でおまえたちがいるんだ?」

 圭介は二人の息子の存在を露骨に煙たがってみせた。

「だってさ、いずれおれの順番も回ってくるんだろ?」

 かろうじてまだ十九歳の康介はそうしてもらうことが当たり前のようにいった。

「おれはこんなことしてもらわなかったぞ──」

 と、今度は康介より二歳年上の長男・良介が横から口を出した。おまえには散々飲ませてやったじゃないか!

「おれもあと半月で二十歳になるんですけど、少し早めに……っていうのはダメですか?」

 さらにそういってきたのは古池一翔だ。

 圭介は「ダメダメ、そこはきちんと線引きをしておこう」と店主の威厳を見せて応じた。

「その代わり、未成年のきみたちにはこれを用意した」

 汐里のためのイタリアンワイン以外に、彼は別のボトルをもう一本用意していた。

 ラベルには「Ultimativer Traubensaft究極のブドウジュース」と書いてある。その昔、ワインだと偽って不動正義に飲ませたら酔っ払うんじゃないかという実験に使ったアルコール分0%のブドウジュースだった。

 まずは未成年の四人にそれを注いでやると、いざ汐里のためのワインのコルクを抜く作業をはじめる。一同が圭介のソムリエナイフの使い方に注目している。

「あのさあ……おれもいいよね?」

 今更のようにブドウジュースを注がれていないグラスに手に取って良介がいった。

「ああ、おまえはいいけど、金はしっかりとるからな」

 にべもなくそう返した。今は汐里に集中したかった。

 2004年物のイタリアンワインを注いでやると、汐里がグラスのステムを指先でつかんで持ち上げた。宝石でも見るような目でしばらくワインの赤を眺める。

 静かにグラスを回し、口元に寄せて、まずは鼻で香りを楽しみ、それからゆっくり最初の一口を含んだ。それもすぐに飲み込まず、柔らかいゼリーでも味わうように頬を動かしてから、ようやく喉に流し込んでいった。

 どうやらしっかり事前学習をしてきてくれたようだ。

 満足したようにうなずいた彼女を見て、圭介は今ほど自分にも娘がほしかったと思ったことはなかった。

「汐里ちゃん──二十歳の誕生日おめでとう!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?