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【期間限定】『法律事務所×家事手伝いダイバース フラグメンツ2024』note版第3話第1回

Amazon Kindle電子書籍『法律事務所×家事手伝いダイバース』の本編で語りきれないアイディアをまとめた「フラグメンツ」(”断片集”)シリーズ。

1年に1冊、1冊に4話、1話あたり約4000文字というルールを設け、すでに2冊を発売していますが、3冊目『2024』の9月発売予定を前にして、その一部を期間限定で公開します。

noteで公開するのは全4話のうち、第2話と第3話(それぞれ全3回)。残りの2編はぜひ本編でお楽しみください。

第3話 第2回三毛猫杯 1

 花梨かりんが営む〈雑司ヶ谷スイーツ〉の店のバックヤードに、開店以来使っている小さなテーブルセットがあって、不動正義ふどうまさよしはそこに居心地悪そうに座っていた。

「話って何だよ?」

 花梨から呼び出された正義は面倒臭そうに訊ねた。

「いよいよ範朝のりともくんに天体望遠鏡をゆずるんだって?」

 彼女は正義と目を合わさず、作業をしながら答えた。鷹岡範朝というのは正義の妻・凜々子のおいで、この四月に大学に進学した。本来そのお祝いで譲る予定ではなかったが、いい口実なので便乗することにした。

「そうだよ──だから今日は忙しいんだ」

 弁護士一家に生まれた範朝は目白駅前にある私立大学の法学部に入った。正義の実家がある雑司が谷からさほど離れていない場所に毎日通うことになったわけだ。

「彼──あんなに宇宙飛行士になりたがっていたのに、やっぱり餅は餅屋だったわね」

「おれも最初はそう思った。父親のプレッシャーに負けたかと思いきや、大学で“宇宙法”を学びたいんだと」

「“宇宙法”?──そんなのあるの?」

「宇宙開発に関わる国際法とか国内法なんかが少しずつ整備されつつある。つまり、最先端の法律分野だ。まったくあいつらしいよ──うまいこと考えたもんだ」

 宇宙飛行士じゃなくて宇宙弁護士とはすごい発想だ。

「だったら、天体望遠鏡を譲る意味もまだあるわね?」

 だが、正義の気持ちは今一つ盛り上がっていない。

「中古の望遠鏡だけじゃ芸がないよな? もう一ついい合格祝いをしてやりたいな。何かアイディアはないか?」

 花梨はどうしてわたしが考えなきゃいけないんだという顔を向けてきたが、急に何かを思いついてこう答えた。

「そういえば、“富士登山”をしたいっていってた気がする。日本でいちばん宇宙に近い場所だから──」

「富士登山? そりゃまた面倒臭いこといい出したな」

「アイディアを出せっていうからいっただけ」

「スカイツリーぐらいで勘弁してくれないかな? 都内じゃいちばん宇宙に近いだろ?」

「わたしに訊かないでよ。スカイツリーなんて真っ先に登っているような気がするけど」

 相談する相手を間違えたと反省した正義は、自分が花梨に呼び出されたことを思い出して、

「ところで、話ってなんだ?」

 すると花梨は作業の手を止めて、正義に向き直った。

「範朝くんが“こっち方面”に通ってくるようになった結果、母親のまりなさんの気持ちもこっちに向いてきたわけ──」

「へえ、そうなのか?……息子はいい迷惑だろうな」

「わたしには息子はいないけど、きっとそうなんだろうと思う。でも、彼女の気持ちも何となくわかる」

「それで?……おまえは何を心配しているんだ?」

「まりなさんといっしょに〈ゼームス坂スイーツ〉をやっている“ちはるさん”って人が先日一人で顔を出してね。どうやらまりなさんは、ここでわたしといっしょにお店をやりたがっているらしい──そんな風にいわれた」

「どういうことだ?──二つの店を合体させるのか?」

「詳しいことはちはるさんにもわからないらしい。だから、正義にちょっと探りを入れてみてほしいのよ」

「どうしておれが?」

「“鷹岡ファミリー”の一員でしょ? せっかくだから富士登山に彼女も誘って、それとなく気持ちを聞いてよ」

 正義はあまりのアホらしさに笑い出しそうになった。

「バカをいうんじゃない──彼女は“超低山”専門だ」

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