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【期間限定】『法律事務所×家事手伝いダイバース フラグメンツ2024』note版第2話第1回

Amazon Kindle電子書籍『法律事務所×家事手伝いダイバース』の本編で語りきれないアイディアをまとめた「フラグメンツ」(”断片集”)シリーズ。

1年に1冊、1冊に4話、1話あたり約4000文字というルールを設け、すでに2冊を発売していますが、3冊目『2024』の9月発売予定を前にして、その一部を期間限定で公開します。

noteで公開するのは全4話のうち、第2話と第3話(それぞれ全3回)。残りの2編はぜひ本編でお楽しみください。

第2話 汐里お飲みめ 1

 不動正義ふどうまさよしが〈三毛猫〉を訪れたのは久しぶりのことだった。妻の凛々子りりこから注文があった贈答用ワインを取りに来た。昼間のカフェと夜のワインバーの営業が切り替わる“なぎ”の時間帯に顔を出すだけの分別ふんべつはこの大男にもまだ残っていた。

「おまえ、最近すっかり凛々子先生のことを“BYビーワイ”って呼ばなくなったな?」

 トレードマークの帆前掛けを締めてカウンターの内側に立った夏越なごし圭介は、ていねいに包装されたワインを大男に手渡しながら、以前からいいたかったことを口に出した。

「おまえみたいに二十年も尻に敷かれていないからな」

 相手はワインを持って立ち去るどころかカウンター席にどっしりと腰掛けた。かつてのように“只酒”にあずかろうという魂胆だろうがそうはいかない。

「おい……何かないのか? まったく気が利かなくなったな。昔はよく出してくれただろう、半端な残り物のワインを──」

 案の定、そんなことをいい出したが、圭介は毅然きぜんと答えた。

「何が半端な残り物だ。おまえに飲ませる只酒はねぇ」

 そして、予想通り不機嫌な顔つきになった相手に向かってこんな言葉をつづけた。

「そのかわり汐里しおりちゃんに格別いいワインを飲ませてやるんだ。だから無駄遣いは一切しないことにした──」

 正義の顔には大きな疑問符が浮かんでいる。

「もうすぐ二十歳だろ?」

 その一言で相手の疑問は氷解した。

 水沢汐里は十八歳で成人にはなったが、二十歳の誕生日を迎えてお酒が飲めるようになったら、最初のワインは〈三毛猫〉で──という約束を以前からしていた。

 汐里の義理の伯父の正義は愉快ではなさそうに、

「で?──どんなワインを選ぶんだ?」

「当然“二十年物”だ。汐里ちゃんは2004年生まれ──うちの次男の康介と同い年だからよくわかっている」

「“2004年物”か……それってうまいのか?」

 そう質問されて、圭介は腰に両手を当てた。

「実はフランスワインは翌年が当たり年だったんだ。2005年は“グレートヴィンテージ”と呼ばれている」

 そんな風に答えると、大男は一瞬目を丸くした。

「生まれて初めておまえからワインの知識を教わった」

 その一言はスルーして、さらに話をつづける。

「しかしながら2004年はイタリア産がヴィンテージ──だから、イタリアンワインで当たりをつけている」

「なるほど……おれたちで一度“試飲”をするか?」

「おまえが払ってくれるんなら大歓迎だ」

「バカいうな──試飲に“付き合って”やるんだぞ」

「そんなことをするぐらいなら“ワイン嗅ぎ分けAI”にでも頼んだほうがましだ」

「何だ、それは? そんなものがあるなら、おまえの商売も上がったりじゃないか?」

「おれは大丈夫だ、鑑定士じゃないから。AIといえばおまえの仕事のほうが影響は大きいんじゃないのか?」

 売り言葉に買い言葉でそう返したが、案外それは強く正義に刺さったようで、彼は露骨にギクッとなった。

「先生方はともかく、おまえに“手伝い”をする余地はまだ残っているのかな?」

 こんなチャンスはなかなかないので二の矢を放った。

「ほっとけ──おれはとっくに“調査員”の肩書は捨てているんだ。凛々子と結婚してからおれは事務所“大家”だ。さすがのAIにもそれだけは真似できまい!」

 珍しく正義はムキになってそう自己弁護をした。

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