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ブラオケ的民族音楽名曲名盤紹介 #5「極北の民族音楽1:ヌナブト準州及びグリーンランド」

 北極圏の民族音楽がどのような音楽なのか、気になる人は多いであろう。北極圏に該当する地域というのは、下の地図のように、アイスランドやグリーンランド、アラスカ、カナダのヌナブト準州、サーミランド、ロシアのチュクチなどが該当し、イヌイットを始め、様々な民族が在住している地域である。

 当然ながら、極北であれば極寒の地域であり、木管の管楽器はすぐに割れてしまうだろう。歴史的観点から見た場合、経済的にも決して裕福な地域とは言えないため、極北の民族が高価な金属の楽器を使うということも考え難い。そうなると、自ずと声と打楽器が主流とならざるを得ないであろう。実際に様々な極北の録音を聴いてみると、声だけの音楽(独唱)が非常に多く、また、喉遊びとも言われる特殊な音楽も多く見られる。打楽器も登場するが、決して多いとは言えない。全体的にどのような傾向が見られるのか、各地域の録音を聴きながら、まずはカナダ_ヌナブト準州とグリーンランドの音楽について俯瞰してみたい。

  • カナダ_ヌナブト準州

 ヌナブト準州は、カナダの北東部に位置するイヌイットの自治準州であり、公用語は英語、フランス語、イヌクティトゥット語である。ヌナブトとは、イヌクティトゥット語で「我々の土地」を意味するそうだ。

 このヌナブト準州の民族音楽として、ここでは下記地域の録音についてご紹介したい。


  1. ケープ・ドーセット

  1. イグルーリク

  1. イカルイト

  1. スペンス湾


  • ケープ・ドーセット

 ヌナブト準州のクィキクタアルク地域にあるバフィン島の南端にあるフォックス半島近くのドルセット島にあるイヌイットの集落である。多くの日本人がまず行かないであろう地域ではあるが、最近では観光に力を入れており、地域としての自立を目指す動きがあるとのこと。

 ケープ・ドーセットの民族音楽は、JVC社から出版された「Songs of the Inuit」で聴くことが出来る。収録されている録音は以下の通り。


  1. 喉遊びの歌:アンマ

  1. 喉遊びの歌:イハン

  1. 喉遊びの歌:アムマ

  1. 喉遊びの歌:イハ・アイ

  1. 喉遊びの歌:アハ・アンマ・ウール

  1. 喉遊びの歌:ハルンガ

  1. 喉遊びの歌:アママ・アー

  1. あやとりの歌

  1. 遊び歌:体を動かして遊ぶ歌

  1. おばあさんのくすぐり歌

  1. おてだまの歌1

  1. おてだまの歌2

  1. 遊び歌:奥さん、バーニック(パン)をください

  1. 頭じらみの歌

  1. 結婚しなかった老夫婦の歌

  1. 小鳥の歌

  1. かくれんぼの歌1

  1. かくれんぼの歌2

  1. 喉遊びの歌:ハヴァヴァ・ヒ

  1. 喉遊びの歌:アママ

  1. 喉遊びの歌:アハンママ

  1. 喉遊びの歌:ハルンガク

  1. 遠目の歌

  1. 二人の子供の歌

  1. かぞえ歌1

  1. かぞえ歌2

  1. かぞえ歌3

  1. 生き残った男の歌

 喉遊びの歌が非常に多く収録されている点が特徴だろう。楽器が殆ど無い極寒の世界だからこそ生まれた概念でもあり、非常に趣深い。この喉遊び(Throat Singing)はYouTubeでも聴くことが出来るので、喉遊びについて興味あれば、是非下記URLでイメージを掴んで頂ければ幸いである。


  • イグルーリク

 ヌナブト準州のクィキクタアルク地域のフォクセ盆地にあるイヌイットの集落である。なお、イグルーリクという名前は「ここに家がある」という意味だそうだ。

 イグルーリクの民族音楽は、Radio France社から出版された「Jean Malaurie:Chants et Tambours Inuit」で聴くことが出来る。#12 ~ #15がイグルーリクでの録音だ。収録されている録音は以下の通り。


  1. 1 Chant

  1. 2 Chant

  1. Awa, Naujarolu

  1. Chants de Femme (2 Chant)


 前半3つの録音が男性による独唱、4つ目は女性による独唱である。特筆すべき録音は、やはり3つ目の「Awa, Naujarolu」だろう。Naajaruluk出身のセイウチ・アザラシ漁師Awaが歌っている狩猟歌だ。なお、本CDはYouTubeでも公開されているため、興味あれば是非聴いてみて頂きたい。


  • イカルイト

 ヌナブト準州のクィキクタアルク地域にあるバフィン島の南部、フロビッシャー湾の奥に位置する都市であり、人口は約6,500人。住民の約6割がイヌイットである。

 イカルイトの民族音楽は、イグルーリクと同様に、Radio France社から出版された「Jean Malaurie:Chants et Tambours Inuit」で聴くことができ、#16のみがイカルイトでの録音だ。


  1. Chants de Gorges (4 Chants)


 本録音はカタジュジャク(katajjaq)と呼ばれるイヌイットの喉歌である。ヌナブト北極大学に在籍する2人の学生(Jeannie Manning & Elisa Kilbuk)により歌われる喉歌であり、ボイスパーカッション的な要素を感じられて非常に興味深い。


  • スペンス湾

 ヌナブト準州のキティクメオト地域にある湾であり、カナダ本土最北端のコミュニティ「タロヨアク」がある

 スペンス湾の民族音楽は、イグルーリクやイカルイトと同様に、Radio France社から出版された「Jean Malaurie:Chants et Tambours Inuit」で聴くことができ、#17 ~ #18の2曲がスペンス湾での録音だ。


  1. 1 Chant

  1. Teerta (2 Chant)


 共に男性による独唱である。2曲目はTeerta(歌手)により歌われた約8分にも渡る録音ではあるが、同じ音域を多用するため極めて単調な印象ではある。どういう背景が存在する曲なのかが気になるところだ。


  • グリーンランド

 グリーンランドは、北極海と北大西洋の間に位置するデンマーク領の島である。全体の約80%が氷床と雪で覆われている極寒の世界であるが、実はグリーンランド出身の音楽家は多く、例えばロック音楽では「ULO」、ヒップホップでは「ヌーク・ポスィー」が有名であり、イヌイットとデンマークの要素が混在しつつも、アメリカやイギリスの音楽が影響しており、非常に多くの要素が混在した独自の音楽観が出来上がっている。

 このグリーンランドの民族音楽は、なかなか録音が存在せず、私の知る限り、ヌナブト準州でも紹介した、Radio France社の「Jean Malaurie:Chants et Tambours Inuit」しか無い。

 本CDには、1967年と1971年に主にシオラパルクで現地収録した録音が記録されており、過疎化が急速に進んでいるこの地域の伝統を後世に引き継ぐという観点では、極めて貴重なCDのひとつと言えよう。シオラパルクは、イヌイットを始めとした先住民が住む集落としては世界最北の集落であり、40人ほどの村民が生活している。

 本CDのうち、最初の11曲がグリーンランドの民族音楽であり、うち、#1, #3 ~ 7, #9 ~ 11の9曲はシオラパルクでの録音だ(残りはカーナークとケケルタルスアクでの録音)。


  1. Imina (4 Chants)

  1. Chant de Nivikannguaq (1 Chant)

  1. Sakaeunnguaq (5 Chants)

  1. Sakaeunnguaq (5 Chants)

  1. Chant de son pere (Nukapianguaq), Sakaeunnguaq (1 Chant)

  1. Berceuse de Bertsie (1Chant)

  1. Bertsie (1 Chant)

  1. Nivikannguaq (1 Chant)

  1. Imina (1 Chant)


IminaとSakaeunnguaqは男性歌手、BertsieとNivikannguaqは女性歌手の名前である。中でも、Iminaは1896年に生まれた歌手であり、本収録が行われた1970年前後においてはシオラパルクで最年長であった。故に、1908年頃に北極を探検していたフレデリック・クックやロバート・ピアリーのことを直接的に知る唯一の人物であり、また、イヌイットの言い伝えを最も良く知る人物でもあった。一方、Sakaeunnguaqは、グリーンランドでは素晴らしい歌を歌うことで有名なNukapianguaqの息子であり、シャーマンであり、詩人でもある。Bertsieは、北極探検隊としてピアリーと同行していたUutaaqの姪にあたるPualunaの娘である。NivikannguaqはNukapianguaqの未亡人だ。特筆すべき点は、やはり多くの録音で「Aya! Aya! Ueye! Ueye!」と何度も歌う点であろう。この言葉は、1777年生まれの北極探検家ジョン・ロスが、1818年にグリーンランドの30人程度の民族を調査したときに記録した聖歌の歌詞「Aya! Aya! Ueye! Ueye!」と同じである。少人数でありながらも、きちんと200年以上の時を超えて現代に残されているというのは、非常に有意義であり、本CDの重要さを感じざるを得ない。なお、シオラパルクの録音においては、全てが歌のみであり、楽器は一切使われていない。一方で、ケケルタルスアクで録音された#8のTatsiannguassuaq(4 Chants)は、イヌイット音楽で登場する「キラウト」と呼ばれる木製フレームの太鼓が使われている。太鼓に合わせた歌は「Ingmerneq」と呼ばれ、唯一、#8だけが該当する。


 以上、今回は極北の音楽のうち、カナダ_ヌナブト準州とグリーンランドに焦点を当てて紹介させて頂いた。旅行ですら殆ど訪問する機会の無い極寒地域であっても、きちんと音楽という概念は存在し、今でもCDやYouTubeで聴くことが出来る。後半でご紹介させて頂いた「Jean Malaurie:Chants et Tambours Inuit」は、YouTubeでも聴けるため、再掲ではあるが、是非聴いて頂けると幸いである。


文:マエストロ

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