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ブラオケ的民族音楽名曲名盤紹介 #1「チベット ボン教の伝統的儀礼音楽」

民族音楽の名盤紹介として、最初にご紹介したいのは、1983年にOCORAから発売された『チベット ボン教の伝統的儀礼音楽』の実況録音である。人類最古の民族宗教のひとつとされているチベットのボン教の聖職者たちによる儀式を現地録音した名盤であり、うねるような倍音状の読経、深々と打ち込まれる大太鼓、圧倒的存在感を示す金属打楽器のざわめきなどが、聴き手をディープな世界へと引き込む。一度聴いたら抜け出せない圧倒感は、まさに必聴である。


 さて、本CDには、下記儀礼音楽が録音されている。


1. 守護神ミドゥのための聖詠

2. ナグ=ジグ鎮魂(贖罪)祭

3. 供茶

4. シェンラブを讃える太鼓


 『守護神ミドゥのための聖詠』を聴けば、本儀礼音楽の雰囲気は十分に掴めるであろう。読経は複数の男性により極めて低い音域のユニゾンで読まれ、それが空間を歪めるような音程の移動を伴って進む。この音程の移動がとてつもない存在感を示しており、クラシック界隈ではまず聴くことの出来ない響きである。大音量で聴くと、どこかに連れて行かれそうな感覚に陥る点が非常に趣深い。試しに私もCDに合わせて読んでみようとしたが、そもそも私には出せないくらい低い音域であり残念だ。どうやら、多重倍音効果が出る歌唱法らしく、何か特別な練習をしないと到底真似出来ない技術であった。参考までに、チベットの多重倍音効果に関するYouTubeの録音があったので、URLを共有する。

この読経が続くと、途中で深々と大太鼓が打ち鳴らされると同時に、とてつもない存在感を放つ金属打楽器が打ち鳴らされるのだが、大太鼓については、どれだけ大きな大太鼓なんだろうか…と思わせるくらいの音圧であり、何の楽器を使っているか御存知の方がいらっしゃれば、是非教えて頂きたい。また、これらの打楽器がどういうルールに基づいて打ち鳴らされているのかも謎である。

儀礼とパーカッションとの関係について最初に注目したと言われる文化人類学者のロドニー・ニーダムに依ると、儀礼における人間の感覚の基本的な重要性について、人が受ける情緒的インパクトは、リズムやメロディや音の余韻によって生まれるのではなく、パーカッションによって作られるとのことだ。また、パーカッションは通過儀礼におけるカテゴリーの論理構造の変化を示すマーカーとして使われるとも主張している。一方、後者の主張を更に発展させたアンソニー・ジャクソンに依ると、パーカッシヴな音は、移行儀礼における変化のマーカーとして最適であり、それは注意喚起する音であり、型にはまった連続性を簡単に分断することが出来るためと主張している。

このような学術的見解を基に改めて聴いてみると、ボン教の儀礼音楽における打楽器の打ち鳴らすタイミングというのは、何かしらの通過儀礼を示しているのかも知れない。ただ、音だけで判断することが出来ないため、動画などの映像で確認する必要がありそうである。残念ながら本録音の映像版は無いので、どこかのレーベルから映像版が出版されることを強く願うばかりである。

 是非、これを機にボン教の儀礼音楽に耳を傾けて頂けたら幸いである。

(文:マエストロ)

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