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ブラオケ的ジャズ名曲名盤紹介 ~これを聴け~ #12 Bill Evans

0. はじめに

ジャズの名曲名盤紹介、かなりお久しぶりになってしまった。実に半年ぶり。筆者としてはあっという間の半年であったが、読者の皆さんはいかがお過ごしであっただろうか。

さて、お久しぶりとなったジャズ編、実は何を特集しようかかなり悩んだ。王道のアーティストを紹介しようか、マニアックなアーティストを紹介しようか・・・悩みながらふとカレンダーを見ると、「9月15日」の日付が目に留まる。
「9月15日・・・!ああ!そうか!」と思い出す。そう、この日はジャズ界におけるレジェンドピアニストの一人、ビル・エヴァンスの命日である。投稿される時には幾分後になっているかもしれないが、これも何かの縁であろうと思ったので、今回はビル・エヴァンスを特集する。
ビル・エヴァンス(Bill Evans 1929年8月16日 - 1980年9月15日)はあまりに有名なので、もしかすると、ジャズにお詳しい貴方にとっては既に知っている情報ばかりかもしれないし、もっと良い記事もたくさんあるかもしれない。ただ、吹奏楽の世界であまりジャズを聴いたことがない方に向けて紹介するのが趣旨のコラムなので、今回はあくまで個人的な主観で、「ビルエヴァンス実は聴いたことない・・・」「聴いてはみたいけど何から聴けば良いか分からない・・・」という方に向けてご紹介出来ればと思う。

1. Walz for Dabby

1枚目に紹介するのは「Waltz for Debby」。おそらくビル・エヴァンスというアーティストの枠組みを超えて、全ジャズのアルバムの中でも最も有名な1枚に挙げられるかもしれない。
スコット・ラファロ(Bass),ポール・モチアン(Drums)とのトリオのライブ・アルバムで、全曲を通してライブハウスの「ヴィレッジ・ヴァンガード」の中での話し声やグラスの音などが入っていて、ライブ盤らしい臨場感があふれたものになっている。これも吹奏楽やクラシックのライブ音源とは違うところ。
「ジャズ」というと、「ピアノ・ベース・ドラムスのトリオで、オシャレなバーとかでしっぽり流れてそう・・・」みたいなイメージを持つ方も多いかもしれないが、そのイメージを付けたのは、もしかするとこのアルバムかもしれない。
それまでのジャズシーンでは、「ビバップ」と言われる、音数の多い、パワフルなプレイをする風潮があった。その一方でビルエヴァンスの演奏はクラシックの演奏の歴史に影響された非常に落ち着いた、和声的なフレーズが目立つ。

1曲目の「My Foolish Heart」は、1949年のアメリカ映画「愚かなり我が心」の主題歌で、ビクター・ヤングが作曲した作品。この映画自体の訴求力はないのだが、1曲目のこの曲でアルバム(ライブ)の世界に引き込むにはピッタリの、非常に静かながらも美しい演奏である。

2曲目の「Waltz for Dabby」はアルバムタイトル曲。彼が姪のDabbyのために作曲した曲だそう。
冒頭が3拍子のワルツから始まるのに、メインに入ると4拍子に変わるのも面白い。拍子が変わることでよりインパクトが出てくる。
スコット・ラファロの太いベースのサウンド、ソロフレーズも非常に心地よい。決してテクニックを見せつけるようなプレイであったり暴れている訳ではないが、雰囲気には非常にマッチしていて、サウンドも相まって存在感がある。

3曲目以降も非常に魅力的な演奏が並んでいる。全曲紹介しているととても読み切れる量ではなくなってしまうので、以降は割愛させていただく。
あえて書き足すならば、このアルバムはライブハウスの臨場感も非常に良い。是非いいスピーカーやヘッドホンで聴いてみていただきたい。会場の音は決してノイズにはならず、没入感を感じるためのスパイスになるはずである。

2. Portrait in Jazz

2枚目にご紹介するのは、こちらもかなり有名な『Portrait in Jazz』。1959年、スタジオ録音のアルバム。このアルバムはビル・エヴァンス初心者にはもちろん、「JAZZって何から聴けば…」と思う方にもピッタリな1枚。ピアノトリオという構成もそうだが、ジャズで演奏される「スタンダード」ナンバーも多く収録されているので、ジャズにおける共通の話題づくりにもピッタリだ。

「Autumn Leaves」は日本でも「枯葉」として親しまれているジャズスタンダードの中でもかなり有名な1曲。
メジャーキー、マイナーキーのツーファイブワンが使われていたりドミナントモーションが使われてるいたりと、演奏上の分析をするのにもぴったり。初めて聴くにも初めて演奏するにもおすすめである。
さて、演奏に目を向けると、意外とアップテンポでノリがいい。1枚目と比較するとその差を感じ取れるのでは無いか。だが、両手で弾く和音で魅せてくるところはさすがビル・エヴァンス。
この曲に限った話ではないのだが、ベースのスコット・ラファロとのコールアンドレスポンスが多いのも注目ポイント。こういう曲の場合、ピアノが大抵ベースは4ビートを刻むことに徹することが多い
のだが、このアルバムの場合、ベースも結構動いている。ピアニスト、ベーシスト、ドラマーの即興的な会話が多く繰り広げられるのも、ビル・エヴァンスのアルバムの魅力かもしれない。

「Spring Is Here」はリチャードロジャース作曲のポピュラーソング。こちらもジャズのスタンダードとして有名である。
音楽としても明るさの中に憂いが見え隠れするなかなかの名曲。スケールで一歩一歩上がっていく箇所は何度聴いても思わず心がキュッとする。

『Someday My Prince Will Come』は『いつか王子様が』でお馴染み。知っているフレーズが使われている点からするともしかすると、ジャズを聞くのが本当に初めての人にはこの曲から聴いてもらうのがいいのかもしれない。

『Blue in Green』はかのマイルス・デイヴィスと共に作曲されたという逸話がある一曲。
モーダルなメロディライン、広がりのあるコード進行等、モードジャズを代表する1曲といっても過言ではない。モードな気分を味わいたいのであればおすすめの1曲。

3. Explorations


3枚目にご紹介するのは『Explorations』。「探求」の意にふさわしく、様々な観点で彼らの探求心を垣間見ることができる。もしかすると、今回ご紹介する中では一番高度なアルバムかもしれないが、このアルバムの音楽が心地よく耳に入ってくるならば、貴方はもうビル・エヴァンスの虜になっていること間違いなしだろう。

1曲目の『Israel』がとにかくカッコイイ。1曲を通して、3人の高度なインタープレイを楽しむことができる。スウィングのグルーヴも極めて良い。それでいながらも、ビバップのようなパワフルさではなく、ビルエヴァンス特有の知的で繊細なフレーズ。スコット・ラファロのソロフレーズも幾分アグレッシブ。このアルバム全体を通して、スコット・ラファロの魅力が強く現れているような気がする。

4. You Must Believe in Spring

4枚目にご紹介するのは、1977年に録音された『You Must Believe In Spring』。発売は1981年、彼の死後にあたる。彼の最晩年の録音にあたる作品。非常に心に響く、どこか物悲しいような演奏が並ぶ。

1曲目の『B Minor Waltz』のイントロから、すでに悲しげな要素を感じる。だが、決して感情だけで押し切ろうとはせず、音選びは彼の冷静な部分を感じ取れる。

アルバムの表題にもなっている2曲目の『You Must Believe In Spring』はミシェル・ルグラン作曲のナンバー。フランス映画『ロシュフォールの恋人たち』で使用された曲だそう。
儚い雰囲気ではあるものの、ピアノもベースもドラムスも決して泣き落とすようなプレイはせず、アルバム内ではどちらかというと明るめなプレイかもしれない。

このアルバムも王道スタンダード・ナンバーや超有名曲が収録されている訳ではないが、彼の晩年の演奏としても、単純に何も考えずに聴くにも、「エモい」雰囲気に浸るのにもオススメできる1枚である。

5. From Left to Right

続いては4枚目より少し前の時代、1969~70年のアルバム。
このアルバムのジャケット写真やサブタイトルにもあるように、彼はこのアルバムで「エレクトリックピアノ」を取り入れている。今でこそ当たり前のように使用されているが、当時はまだ出たばかりの新しい楽器で、ビル・エヴァンスが取り入れたのは少し衝撃的だったのかもしれない。彼も新しいものを取り入れようとする器の広さがあったのだなと思う。

さて、個人的におすすめしたい曲を数曲ピックアップしよう。
まずは1曲目『What Are You Doing the Rest of Your Life』。
メロウなサウンドのエレクトリックピアノで曲が始まる。途中からアコースティック・ピアノとオーケストラの演奏に変わる。後ろのオーケストラも決して主張しすぎずそれでいて要所要所でしっかりと出てくるので、ピアノとセットで非常にリッチなサウンドになっている。
続いて4曲目の『Soirée(ソワレ)』。こちらはアコースティックピアノのイントロで始まる。音型の反復が心地よい。イントロが終わるとテーマはエレクトリックピアノにバトンタッチ。そしてまたアコースティックピアノに変わる。後ろにいるベースとドラムスはもちろん、アコースティックギターが非常に良い味を出している。

何故このアルバムを最後にもってきたか、もちろん、アルバム自体が良いので聴いてもらいたいのが一番なのだが、実は筆者の個人的な思い出もある。このアルバムは私の恩人から教わった。
なかなかお会いすることの出来ない人なのだが、偶然、その人がシェアした投稿で、上で取り上げていた『Soirée(ソワレ)』が使われていた。当時の私はこのアルバムの存在を知らず、エレクトリックピアノを演奏するビル・エヴァンスなど知る由も無かった。知った後にこのアルバムを聴いてみると、気づいたらアルバムを聴き終わっていたと思うほど集中して聞き入ってしまい、このアルバムの世界にハマってしまっていた。もちろん、ビルエヴァンスのアルバムは何枚も聴いたつもりだったが、このアルバムは盲点で、「知ったつもりでも、まだまだ知らない世界はあるよ」とその恩人に教えられたかのような気分になった。
飽くなき探求心を教えてくれた恩人、S・Hさん、有難う。また、いつか、会える日まで。この場を借りてお礼させていただきたい。

6. Bill Evansをトリビュートした曲 ~Pat Metheny & Lyle Mays September Fifteenth (Dedicated To Bill Evans)~


ビル・エヴァンスほどのレジェンドになれば、カバー・アレンジ・トリビュートするアーティストは星の数ほどいるが、ここでは私が大好きなアーティスト、パット・メセニーとライル・メイルズのアルバム『As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls』から、『September Fifteenth (Dedicated To Bill Evans)』を紹介したい。この曲はビル・エヴァンスの死後数日で作曲された、まさに追悼のための曲である。

冒頭のストリングスはクラシックかと思うような始まり方である。これがライル・メイルズの演奏するシンセパッドだというから驚きだ。パット・メセニーのギターの入りも、1音1音ビル・エヴァンスへの追悼の意を込めるような弾き方のようである。
イントロが終わるとライル・メイルズのシンセパッドとピアノ、パット・メセニーがメロディーを織りなす。非常に美しく、思わず息を呑んでしまう。ライルもメセニーも、ビル・エヴァンスに対して最大限のリスペクトがあったことが、聴いているだけでも伝わってくる。

ソロセクションも透明感と儚さが見事に表現されたものになっている。特にメイルズのソロは格別にかっこいい。本当にビル・エヴァンスが好きだったのだろう。

曲の終わりもピアノからギターに受け継がれて消え入るように終わっていく。この終わり方も非常に物悲しいが、終わった後の満足感は高い。

ビル・エヴァンスに向けたトリビュートとして、是非聴いてみていただきたい一曲である。

7. おわりに

今回はビル・エヴァンスを特集した。例の如く長くなってしまったが、いかがであっただろうか。
「はじめに」でも書いたが、彼の演奏を収録したCDは他にもたくさんあるし、ジャズ愛好家が愛してやまない演奏もまだまだたくさん存在している。
是非あなたのお気に入りの一枚、演奏を見つけていただいて、秋の夜長にぴったりなリスニング体験をしていただきたい。

(文:もっちー)



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