ブラオケ的民族音楽名曲名盤紹介 #3「カーボベルデ共和国の音楽 ~ 音楽の島々 ~」
カーボベルデという国を御存知だろうか?日本を中心とする世界地図では最も左端に存在する小さな島国であり、恐らく日本人の99%は訪問したことが無いと思われるが、このカーボベルデの音楽は実に深く面白いのだ。カーボベルデは、1975年にポルトガルから独立した、アフリカ北西沖の火山群島にある小さな島国であり、バルラヴェント諸島とソタヴェント諸島から成る。前者はヨーロッパ音楽を、後者はアフリカ音楽の影響を強く受けているとされている。
また、カーボベルデの音楽には、ゆったりとした哀愁漂う曲想が特徴の「モルナ」をはじめ、打楽器を駆使したリズム重視の「タバンカ」や「バトゥーケ」、アコーディオンを多用する「フナナ」、メロディを重視した「コラデイラ」など、様々なジャンルの音楽が存在しており、特に、ヨーロッパ音楽の影響を強く受けているバルラヴェント諸島は「モルナ」や「コラデイラ」が好まれるのに対し、ソタヴェント諸島は「タバンカ」や「バトゥーケ」などが好まれる傾向にあるそうだ。カーボベルデの音楽に関する研究例として、京都大学の青木氏による考察1) が大変興味深いので、気になる人は是非読んで頂きたい。
さて、今回ご紹介する名盤は、OCORA社から発売された「カーボベルデ共和国の音楽~音楽の島々~」だ。本CDは、バルラヴェント諸島やソタヴェント諸島の島々に分けて楽曲が整理されており、カーボベルデの音楽を幅広く知る上では、非常に分かりやすくオススメである。2枚組からなり、収録されている楽曲は以下の通り。
Disc 1:ソタヴェント諸島 ~ 風下の島々
サンチャゴ島
1. Tabanka de Varzea (tabanka)
2. Ma n’ka ta ba rubêra ki tên agu txêu (funana) - Kodé di Dona
3. Rapazinho bo é tentadu (finaçon) - Nacia Gomi
4. Minina si bu dan n’ta coré mô (funana) - Tchota Suari
5. Lena (coladeira) - Ano Nobo
フォゴ島
6. Toque de pilão com milho (toque) - Festa tradicional de São Filipe
7. Mino (atalaïa baxu) - Raíz di Djarfogo
8. Príncipe de Ximento (cantigas de ruas) - Conjunto Príncipe de Ximento
9. Mino de Mama (atalaïa baxu) - Mino de Mama
10. 0 galo ki tem se razão (coladeira) - Joâozinho Montrond
ブラヴァ島
11. Bombena (chant de sarclage) - Antéro Gomes alias Titei
12. Pretu cor di nôs (toque) - Coladeras da freguesia Nossa Senhora de Monte
13. N’kré bu fora di marka (morna) - José Domingus A. Lopes [José Médina]
マイオ島
14. Lindinha (coladeira) – Xote
15. Cascabulho tem baleia (coladeira) - Totch [Lindo de Luzia]
Disc 2:バルラヴェント諸島 ~ 風上の島々
サント・アンタン島
1. Nhô Miguel Pulnor (b’ta saúde, chant de mariage) - Nha Sabina
2. Nha Desoa (colá) – Renascimento
3. Nhô Sont’ André (b’ta saúde, chant de mariage) - Nha Sabina
4. Coláboi (aboio, de l’aire du moulin ) - Corda do Sol
5. Coláboi (aboio, de l’aire du moulin) - Frederik da Luz
サン・ヴィンセンテ島
6. Coláboi (aboio, de l’aire du moulin) - Porto Grande
7. Dia 15 grog tá cabá (morna) – Cacói
8. Chuva de 83 (coladeira) - Porto Grande
9. Ana mata tchuk (coladeira) - Cacói
サン・ニコラウ島
10. Boas Festas (chants de fin d’année) - Grupo de Ribeira Prata
11. Contradança (contredanse) - António José da Cruz [Traditionnel]
サル島
12. Maria qzé qui bu tem (coladeira) - Jon Góte [D.R.]
13. Compadre José (coladeira) - Mateus Band
14. Solo de violão (guitare) - Isidro Gomes Lima [Luis Rendall]
ボア・ヴィスタ島
15. Rabilona (morna) - Os Rabilenses
16. Maria Barba (morna) - Djalunga [D.R.]
Disk 1から聴き始めると、まずソタヴェント諸島のサンチャゴ島の音楽が流れてくるが、最初の音楽「Tabanka de Varzea」は、異常なまでのグルーブ感、そして、何とも言えぬ独特の空気感で、スピーカーを通じて聴くだけでも、その場の雰囲気に飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。何よりも、凄く楽しそうだ。一定のリズムを刻みつつ、独特のサウンドを放つ楽器をバックに、大勢の人々が歌い続ける様は、日本ではまず聴けない音楽である。「アフリカ音楽の影響を受けた島国の音楽」に対する初印象としては、個人的には想定内ではあったが、大勢で楽しそうに歌うのは、他の民族音楽のCDを聴いていても決して多くはなく、そういった意味でも、本CDの最初の音楽はカーボベルデの音楽に対する印象を植え付ける観点では非常に強烈なものと言える。ところが、更に印象深かったのが、サンチャゴ島の5曲目の音楽で、突然これまでとは異なった雰囲気の音楽が流れるということだ。それが、コラデイラ「Lena」である。コラデイラは、可変テンポ、2ビート、5度圏に基づく倍音構造などを特徴としたジャンルであり、それまでのサンチャゴ島の音楽とは異なり、メロディを重視した音楽となっている。初印象は、ポルトガルのファドの影響を受けているのか?と感じざるを得ない音楽であり、以前はポルトガル領だったことを考慮すると納得感はある。尤も、コラデイラが本当にファドの影響を受けているかは、きちんと研究しないと分からない。カーボベルデ音楽に関する先行研究を調べてみると、コラデイラと同じくメロディを重視する「モルナ」について深く論じた研究例が多く存在する。中でも、京都大学の博士論文1)を読むと、「モルナ」がファドから派生した音楽では無いという学説が多く存在するということが読み取れる。具体的には、学者RodriguesとLaboによると「ファドは実に運命論的であるのに対し、モルナは幸福を語るために、まず苦難について語り始める」と主張していること、学者Reisによると「ポルトガル民謡や外国の歌謡にモルナの音楽的特徴を見出すことは難しい」と主張していることなどが挙げられる。では、コラデイラはどうだろうか。コラデイラは、言い伝えによると、1930年代に作曲家アントン・チッチがモルナのテンポを意図的に速めたのが始まりとされる。この言い伝えが真実だとしたら、結局のところ、コラデイラはモルナが起源であり、そのモルナがファド起源ではないと仮定すると、コラデイラも同様にファド起源では無いと類推される。恐らく、今でも様々な議論が交わされていると推察されるが、いづれにせよ、コラデイラは非常に単調で分かりやすく、コラデイラが語るテーマが、風刺、社会批判、ジョークなど、遊び心満載の楽しげなテーマであることからすると、何も前提知識の無いリスナーが初めて聴いたときに素直に耳に入ってくるのは必然であろう。これがアフリカの影響をも受けたカーボベルデ音楽のひとつのジャンルと考えると、カーボベルデという小さな島国に多種多様な音楽が共存しているということは非常に趣深い。なお、モルナはボア・ヴィスタ島で登場したジャンルとされ、本CDにおいても、ボア・ヴィスタ島の録音は共にモルナである。アフリカの影響を受けたジャンルと、ヨーロッパの影響を受けたジャンルが共存するカーボベルデの音楽を知る上では、本CDは非常に良く、まさに名盤のひとつとも言えるだろう。もしカーボベルデの音楽に興味を持った人が居たら、是非、本CDを手に取って聴いて頂きたい。
参考文献
1. 青木 敬, “カーボ・ヴェルデのクレオール - 歌謡モルナの変遷とクレオール・アイデンティティの形成 -“, 京都大学, 2016, 博士論文(地域研究)
(文:マエストロ)
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