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名曲名盤紹介~吹奏楽の散歩道〜  #2 ブラスバンドの曲と吹奏楽の曲① ~P.スパーク作品〜

これを読んでいる方々の中には、学生時代に吹奏楽部に所属していたという方も多いと思う。
面白いもので、世代によって”吹奏楽部”の呼び方、呼ばれ方が違ったりする。
かつて吹奏楽部と言えば”ブラバン”=ブラスバンド部と呼ばれていたことが多かった。
それが段々とブラバンという人は減っていき、かく言う私は”吹奏楽部”という人、”ブラスバンド”という人が混在していた時代だったような気がする。
そして最近の若い世代(概ね20代以下)は”吹部”と略されることが多いようだ。

本来”ブラスバンド”と”吹奏楽”とは厳密には明確に区別される必要があり、今でこそ昔に比べると明確に区別されるようになったが、それでも昔は”吹奏楽”=”ブラスバンド” と呼ばれていた。

まずその”ブラスバンド”と”吹奏楽”の定義の違いであるが、”吹奏楽”の定義については皆さん御承知の通り、金管楽器、木管楽器、打楽器で編成される合奏形態。それに対して”ブラスバンド”とは、以下のことを指す。

ブラスバンド=英国式金管バンド。サクソルン属の金管楽器、及び打楽器で編成される形態。
編成は各楽器、パートで決まっており、総勢28名編成を前提とした編成となっている。

”英国式”という名の通り、特にイギリスではこの”ブラスバンド”を”Brass Band”、”吹奏楽”を”Wind Band”と明確に区別されているようだ。

※ちなみに東京ブラスオルケスターの“ブラス“はドイツ語由来の“Blas“であり、ドイツ語では吹奏楽団のことをブラスバンド=Blas band やブラスオルケスター=Blas Orchester と呼ばれる。

今回のテーマは”ブラスバンドの曲と吹奏楽の曲”。
形態は違えど、実はこのブラスバンドと吹奏楽は密接な関係にある。
それは、元々ブラスバンドのために書かれた曲が後に吹奏楽編成用に作り直された曲(他者によるアレンジではなく、作曲者本人によるリメイク)が多く存在するということ。
そこで今回から2回渡って、二人の作曲者にスポットを当てて、名曲、名盤をご紹介していく。


前回、「ダンス・ムーブメント」という吹奏楽編成のために書かれた曲をご紹介したが、作曲者のP.スパークもまたブラスバンド編成用の作品においても数多くの名曲を残し、更に作曲者本人によって吹奏楽版にリメイクされた作品が数多く残る。

まずは吹奏楽、ブラスバンド問わず一番演奏される機会が多いのが「オリエント急行(Orient Express)」だろうか。
オリエント急行はヨーロッパを走行する実在の夜行列車で、1883年から運行されるとても歴史のある列車。
この曲もそのオリエント急行をモチーフとしており、列車の出発から終点までの場面を表現した曲で、汽車が出発する場面、
機関車の走行音、その風景、更には機関車の汽笛や車掌の笛の音まで再現された、吹奏楽ではとても良く演奏される曲だ。
この曲も元々は1986年にBBC放送の委嘱によりブラスバンド用に作曲された曲で、その後1992年に来日した際、東京佼成ウィンドオーケストラを指揮するのに合わせて吹奏楽用に書き下ろされると瞬く間に評判となり、今日では吹奏楽の主要なレパートリーの一つとして演奏される機会が多い、P.スパークの代表作の一つだ。


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オリエント急行/東京佼成ウィンドオーケストラ
1992年リリースのP.スパークによる自作自演の音源。

演奏団体によってテンポが異なるこの曲だが、この音源のテンポがスパーク本人が理想とするテンポらしい。

1992年といえば、ブラスバンド界では超有名な伝説的名演が、このP.スパークの作品で生まれている。
それが「ドラゴンの年(Year of the Dragon)」だ。
ヨーロッパには「ヨーロッパ選手権(European Brass Band Championship)」というブラスバンドの国際コンテストがあり、ヨーロッパ各国の代表10団体により世界最高峰の超ハイレベルな演奏が繰り広げられる。
1992年のコンテストではイングランドのブラスバンド、ブリタニア・ビルディング・ソサエティ・バンド(Britannia Building Society Band)がまさに奇跡と言える超名演をこの曲で残し、ファンの間では通称「鼻血ドラゴン」として今でも語り継がれいる。
この曲も1984年に同じくイングランドの超名門バンド、コーリーバンド(Cory Band)の創立100周年を記念して委嘱された作品で、1986年のヨーロッパ選手権では課題曲(Test Pieces)として採用されているが、それよりも前の1985年には吹奏楽用にリメイクされたものが出版されている。
また、2017年には作曲者のP.スパーク自身によって再編され、こちらは日本で、シエナ・ウィンド・オーケストラによって世界初演されている。
この1985年版と、2017年版の違いについて、P.スパークは概ね次のように述べている。

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■フィリップ・スパーク氏のドラゴンの年2017年版について解説
BAND POWERより引用)

『ドラゴンの年 The Year of the Dragon 2017年版』は、シエナ・ウィンド・オーケストラにより委嘱され、本日の公演で世界初演される。

本作の吹奏楽版初版は、ブラスバンド版を作曲した1年後の1985年に作られた。当時、私は吹奏楽の作曲技法を模索し学んでいる途中であった(もちろん、今もその道程にあるが!)。それから32年の時が経過して、吹奏楽という表現手段に対する私のアプローチも、少しは進化し向上してきたつもりである。

以下に、2つのバージョンの主な違いを挙げる;

1)1980年代における吹奏楽事情は、現在よりはるかに国際的では無かった。英国の吹奏楽団は伝統的な軍楽隊のスタイルを踏襲していて、当時隆盛していたアメリカの大学バンドの編成よりも小規模なオーケストレーションを使う傾向にあった。今回の2017年版では、近代的な拡張された打楽器セクションと低音木管楽器群、さらにストリングベースも加え、より国際的な編成を採用した。

2)初版では、木管楽器の譜面に愚直な筆致が見られた。ブラスバンド版から、文字通りそのまま写されたアーティキュレーションによって、ところどころ木管楽器らしからぬ表現になってしまっていたが、今回、それらを改善することに努めた。

3)上記に加えて、私自身の作曲スタイルが、この32年の間で成熟し進化してきた、ということがある。初版にあるいくつかのパッセージは、率直に言って「今の私だったら、こうは書かないだろう」と思う。しかしそれは、初版が「間違っている」のではなく、私の作曲技法が変化しただけのことである。この2017年版は、初版に新しい衣服を着せて見た目を取り繕ったものではなく、もし今日(こんにち)の私だったらこう書いただろう、という一つの結果である。

2017年4月
フィリップ・スパーク
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1980年代にブラスバンドの曲として作曲され、1990年代にブラスバンド版で超名演を残し、吹奏楽用にリメイクされた楽譜によって日本でも数多くのバンドがチャレンジした名曲が、30年後に作曲者自身によって更に進化した吹奏楽編成用の楽譜に生まれ変わったという、他の作品とは一線を画した名曲と言えよう。

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EUROPEAN BRASS BAND CJAMPIONSHIPS – 1992

通称「鼻血ドラゴン」が収められている、1992年のヨーロッパ選手権の音源。今は輸入盤でしか手に入らないかな・・?

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SPARKE2/シエナ・ウィンド・オーケストラ

2017年版初演時の音源。従来版と比べて、オーケストレーションが大きく変わってるのがわかる。

次にご紹介するのが「宇宙の音楽(Music of the Spheres)」。
こちらは2004年、当時ヨーロッパ選手権(European Brass Band Championships)5連覇中だったイングランドのブラス・バンド、ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド(Yorkshire Building Society Band)の委嘱により、6連覇達成がかかる当年の大会で自由曲(Own Choice)として演奏する曲として作曲され、無事6連覇が達成された曲である。
そして同年、作曲者から大阪市音楽団への提案により吹奏楽版へリメイク。翌年の2005年の6月、提案を受けた大阪市音楽団により吹奏楽版世界初演がなされ、その模様を収録したCDも発売された。

曲は7つのテーマからなり、演奏時間は16分程。
宇宙の始まりを表した「t=0」。Hrのソロから始まり、「ビックバン」で激しく爆発すると宇宙の様々な表情が見え隠れし、「孤独な惑星」では生まれたばかりの地球の静寂が美しく表現される。「小惑星帯と流星群」で地球に迫る流星の危機が表現されると、次にはピタゴラスが聞こえたという「天球の音楽」のモチーフがHr、Tb、Tpによって星の瞬きのように映り、「ハルモニア」では「天球の音楽」の星の輝きをバックに荘厳なコラールが壮大なクライマックスにまで行くと、最後の「未知」で凄まじい終結を迎える。

かくいう私も大阪市音楽団の吹奏楽版世界初演のCD音源を所持しているが、「なんかスパークが面白い曲を書いたらしいから買ってみようか」くらいの軽いノリで買ったが、いざ聴いてみるとその音楽の世界観に一気に引き込まれ、約1年はヘビーローテーションするくらいに好きな曲になってしまった。
その後買ってから2〜3年後だっただろうか、何かの拍子にブラスバンド版を聴いてみようとこれも軽い気持ちで思い立ち、衝撃的な演奏に出会うことになる。
演奏は2005年のWarld Music Contestでのブラスバンド・ウィレブルーク(Brass Band Willebroek)のもの。
たまたまCD屋で「宇宙の音楽が入ってるブラスバンドのCD見っけ♪」的なノリで何も知らずに購入したのだが、
吹奏楽とは全く違う次元の演奏にただただ驚愕したのを覚えている。

そしてそれをきっかけにブラスバンドというものに興味を持ち始め、吹奏楽曲とブラスバンドの曲とが密接に関係していること、吹奏楽の曲だと思っていたものが実はブラスバンド由来である曲が多くあることを知ることになり、ブラスバンド版の原曲を聴き漁ることになる。そしていつしかブラスバンドの魅力にもハマっていくこととなった。

この曲は昨年予定していた東京ブラスオルケスターの演奏会でも取り上げる予定であったが、結局お蔵入りとなってしまった。
せっかくいいところまで仕上がったのが悔やまれるので、是非近いうちに演奏できる機会があることを願うばかりである。

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Brass Band Willebroek〜THE BEST OF BRASS〜

これが欲しくて、というより、宇宙の音楽が入ってるってだけで買った掘り出し物。


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スパーク:宇宙の音楽<世界初演ライヴ>/大阪市音楽団

吹奏楽版もいくつか音源が発売されているが、何だかんだこの音源が一番いい気がする。

最後にP.スパークの作品から一つ、日本人として大事にしなければならない曲をご紹介する。

「陽はまた昇る(THE SUN WILL RISE AGAIN)」
忘れもしない2011年3月11日 東日本大震災。P.スパークは日本の友人である西田 裕氏から「この大震災で被災された方々を元気づけるために何か楽曲を提供してくれないか」という提案を受け、すぐさま作られた曲だ。
そしてこの曲の印税や純益はすべて日本赤十字社に寄付されることとした。
発表されるや否やこのニュースは全国の吹奏楽人に知れ渡り、震災支援を目的に、そして震災からの復興を心から願ってプロアマ問わず日本中で演奏されたこの曲も、原曲は「カンティレーナ」という曲の一部を吹奏楽用に書き直されたものである。

(文:@G)

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