INTERVIEW:Hogalee
東京ビエンナーレ2020/2021において、最初に誕生した作品がHogaleeによる「Landmark Art Girl」だ。Hogaleeは学生時代より描いていたマンガを絵画的な表現にするため、2003年頃より女性のモチーフで絵を描き始める。Hogaleeが描く「オンナノコ」は、イラストレーション的な表現でありながら、その時代の女性像を色濃く反映させる。彼が考えるカタカナの「オンナノコ」とはどういう存在なのか、話をうかがった。(聞き手:上條桂子)
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街に出現した巨大な「オンナノコ」
モチーフを描くきっかけは?
幅11m×高さ9mの巨大壁画が小川町の一角に誕生した。photo by YUKAI
東京ビエンナーレ(以下、T):Hogaleeさんはずっと「オンナノコ」をモチーフに作品を制作されていますが、いつ頃から女性をモチーフに制作されているのでしょうか?
Hogalee(以下、H):大学時代は女の子を描いたことがなくて、ずっと“骨”をモチーフにした作品を作っていました。その作品制作と並行し、趣味でマンガを描いていて、骨をモチーフにしたマンガも描きましたね。それは大学の友人たちと始めた雑誌『mashcomix』(編注:1999年に結成された創作漫画集団で、同名の同人誌を発行し、雑誌連載や展示活動なども行っていた)で発表していました。その雑誌が広告業界などに注目され、卒業後はマンガ以外にも雑誌のイラストなど商業的な仕事をしながら作品制作をしていたのですが、新しいモチーフを探していた時に、ふとしたきっかけで“女の子”を描いてみたんです。
T:その時に描いた女の子の絵は、現在のスタイルに近い感じなのですか?
H:はい。ほぼ今の感じと変わりません。太い輪郭線で、マンガの中に登場するモチーフとして描きました。その絵を大学の友人や周囲の人たちに見せたらすごく反応がよくて、自分の中でもしっくりきたので「オンナノコ」というキャラクターを描き続けようと思いました。それが2003年か2004年頃のことだったと思います。
T:最初は、絵画というよりはマンガのキャラクターに近かったのでしょうか?
H そうですね。マンガの主人公やキャラクターの一人として描いたのが始まりです。でも、展示活動も並行してやっていて、取り壊し予定の物件に壁画を描かせてもらったこともあります。
T:なるほど、15年前から壁画に女の子は登場していたんですね。
H:最初に「オンナノコ」を描き始めてから、もうこのモチーフでいこうと決めていたので、壁画にかかわらず、広告や雑誌の仕事も、どんな依頼をされても「オンナノコ」を描くという感じでした。ひとつ作家としてターニングポイントになったのは、2009年に旧フランス大使館で開催された『No Man’s Land』展です。在日フランス大使館旧庁舎を取り壊す際に行われたイベントで、伊勢谷友介さんが代表を務めるリバース・プロジェクトが手掛けたカフェに壁画を描いてくれと依頼を受けて。現場に壁画を描きに行った時に、日仏の若手の現代アート作家の作品に触れて、改めて現代アートって面白いなと思ったんです。当時は、商業ベースの仕事と二足の草鞋状態だったんですが、現代アート1本でやっていこうと決めたのがこの時です。
T:なるほど。Hogaleeさんの作品は、人によっては広告のようにもグラフィックデザインのようにも現代アートにも捉えられ、境界領域にある作品のように思います。「オンナノコ」というモチーフはずっと使っているけれども、現代アートの文脈でどのように位置付けられるか、ご自身ではどう思われているのかお聞かせください。
H:まずは、現代アートを勉強し直しました。大学時代、僕はデザイン科だったのでファインアートというよりも、ファッションカルチャーなどに意識が向いていたんです。現代アートは写真を見てもよく分からないな、という印象しかなかった。でも、フランス大使館のイベントをきっかけに、現代アートが面白いと思い始めて、とにかく勉強をしようと、まずは入門編から現代アート関連の書籍を読み漁ったんです。ひと通り読み終わってみて、考えてみたら、実は自分がやってきたことは現代アートだったんじゃないか、と確信が持てるようになって。それから、職業を聞かれた時にイラストレーターとかデザイナーではなく「僕はアーティストです」と言えるようになった。ちょうどそのタイミングで僕が今所属しているGallery Out of Placeとの出会いがあって、個展を開催させてもらうことになったんです。
制作風景。制作中は借り囲いのネットが張られ、完成して初めて「オンナノコ」が姿を表した。photo by Masanori Ikeda(YUKAI)
T:リキテンスタインや過去の作家のアプロプリエイションを取り入れた作品は2009年より前から制作されていたんですか。
H:そうですね。僕が無意識に意識していたのが二次創作なんです。マンガ界でいう二次創作というカルチャーを表現として取り入れていました。現代アートを勉強し始めてから初めてアプロプリエイション=二次創作ということを知ったので、すごくスムーズに表現方法の移行はできていたんじゃないかなと思います。
時代を映す鏡となる、
イコン(女神)としての女性
T:「オンナノコ」をモチーフにしている理由をもう少し聞かせていただけますか。描かれているのは一般的な女の子なのか、もしくは特定の誰かなのか。それから場所性、つまり場所によってポーズや着ているものが違う女の子を描いているんですか?
H:なぜ女の子なのか。骨を描いていた頃、男の子のキャラクターはマンガで描いていたので、それまで描いていなかったものを描こうとして。当時、僕は女の子を描くことに対して抵抗していたというか、ちょっとカッコつけて斜に構えていた部分があって(笑)。こんな僕が女の子を描いたら面白いだろう、という考えもひとつのきっかけでした。
T:これまでやったことのないことに挑戦したということでしょうか?
細い筆で丹念に絵を描いていくHogalee。photo by Yuka Ikenoya(YUKAI)
H:そうですね。僕は男性なので、単純にかわいい女の子を描きたい、という気持ちもありました。モチーフにしているのは、街中やインターネットやテレビでいつでも見かける「かわいいな」と思わせる女性です。だから、特定の人物ではなく、「その時に自分がいいなと思った女の子」がミックスされたひとつのイメージとしての「オンナノコ」です。それは結果的に現代を写す鏡になっているなということに気付いて、描き続けています。
T:Hogaleeさんの「オンナノコ」像は時代によって変わってきていますか? 髪型だったり、服装だったり。
H:一番わかりやすいのはメイクです。まつ毛がどんどん短くなっていっています(笑)。15年くらい前はつけまつげ全盛ですごく長かった。それがどんどん短くなっています。逆にファッションはあまり時代を反映しないようにしていて、それは絵画的にとらえた時に普遍性を強く出したいと思ったからです。
T:確かにファッションは流行をあまり感じませんね。Hogaleeさんが描かれるオンナノコ像は、すごく可愛らしい反面、男性目線で描かれたものに見えます。女性の立場から見ると、例えば女子高生カルチャーのように消費の対象にされてしまっている女の子が想起される危惧があります。被写体として女の子が選ばれることに対して厳しい目線を持っている人もいるでしょうし、そのあたりはどのように感じていますか?
H:僕の絵は、完全に僕という個人の視点から見た女の子を描いています。僕の世代は、テレビや雑誌の影響がとても強く、グラビアアイドルなどがひとつの女性像として刷り込まれていました。もちろん可愛い女性が極端に誇張されたフォルムで登場するゲームやマンガが叩かれるのは理解しています。でも、僕が描いている「オンナノコ」は、決して消費の対象として見ているのではなく、イコン(女神)として捉えています。
T:Hogaleeさんは、壁画のお仕事も少なくないと思いますが、街中に自分の作品が展示されるというのは、どういう感覚なんでしょうか。設置される場所についてどう向き合っていますか? どこの街にどのように描くか、場所が決まってから、どういう女の子・服・背景にするのかを決められると思うのですが、どういったプロセスで進めていくのか教えてください。
H:いつも考えているのは、街の人を驚かせたいとうことでしょうか。壁画というのは、自分から希望した壁に描けるわけではなく、常に先方の依頼から始まります。要は壁ありきで制作場所が決まるんです。場所が決まってから、その土地や街について調べ始めて絵を描いていくんですが、あんまり小難しい重層的なテーマを展開するよりもパッと見の第一印象でどうインパクトを与えることができるかということを僕は重視しています。例えば、牛窓(岡山県瀬戸内市)の廃病院で描いた壁画では、ちょうど瀬戸内海の海が見えて夕陽と青空と海の対比がとても印象的な場所だったので、背景を抽象化して女の子を前面にしたり、3331にあるマスキングテープを使って描いた壁画では、コロナ禍でみんながマスクをしている状況を女性のベールで表したりしています。
T:東京ビエンナーレのプレ期間で制作された小川町の壁画は、とてもカラフルですね。どのように構成されたのですか?
H:背景に円形モチーフを配したのは東京ビエンナーレのロゴにインスピレーションを得ました。様々なサイズの円を用いて泡のような不思議な背景として構成しました。カラーリングは壁画の周辺を歩き回ったときに、店の看板などを中心に青と黄色系の色が目立つ印象を感じ、オレンジ色と東京ビエンナーレのロゴの色に近い紺色という2色の対極の色を用いて背景を構成しました。
T:街に大きな壁画があるというだけで、生活する人々に驚きをもたらすとは思いますが、Hogaleeさんが絵を描かれる際に意識している人を驚かせるポイントは、他に何がありますか?
H:壁画を描く際は常に、顔のサイズと目のサイズに細心の注意を払っています。今回は顔を超どアップにして強烈なインパクトを狙いました。
T:画材は何をお使いなのですか?
H:普段はアクリルのペンキを使っていますが、今回は日本ペイントからシリコン系のグレードの高いペンキの提供を受けて制作しています。初めて使用したのですが、耐久性がよく、想像していたよりも発色がすごくきれいで驚きました。
T:確かに壁画となると長い間街にあるものなので、耐久性と発色は重要ですね。あと、顔を描かれる際にカメラ目線が多いような気がするのですが、それは意識されていますか?
H:はい。子供の頃、部屋にアイドルのポスターを貼っていたんですが、平面なのにどの角度から見てもそのアイドルと目が合うんです。それがずっと気になっていたんですが、絵を描き始めてから、被写体がカメラ目線だったということに気がつきました。人って目が合うと、よくも悪くも緊張しますよね。それは強いインパクトにも繋がるので、必ずカメラ目線で描くようにしています。
T:他に絵を描く時のルールはありますか?
H:目線と、あとは髪の毛の流れでしょうか。髪の毛を描く際は、いつも風がなびいているようにしていて。それは画面に動きをつけて、被写体を生き生き見せるためにそうしています。
T:確かに、いつも髪がなびいていますね。あとギャラリーに展示する作品を描くときと街中で展開する作品に描く時で、意識はどのように違いますか?
H:ギャラリーで展開する作品の方がコンセプトや自分のルールに縛られた描き方をしているかもしれません。コンセプトに合わせた図柄を描くので、普段は選ばない構図取りをすることもあります。壁画になった時は一枚絵としてのかっこよさ、収まり方を重視します。壁画の場合は柱や壁が入り組んでいるような状況もあるんですが、逆にそういう場所だと面白いですね。窓枠があればそれに合わせた構図に落とし込んだり、いろいろチャレンジングなことができるような気がします。
T:女の子に色が入っていないのはなぜですか?
H:元々がマンガだからモノクロなんです。風合いを加えたい時には、スクリーントーンを使います。リキテンスタインで言うところのドットですね。その代わり、背景は積極的に色を用いるようにしています。
T:東京ビエンナーレは街との関わりあいが深くなる芸術祭になると思います。Hogaleeさんの作品ができたことによって見える風景が変わり、街は確実に変化していると思いますが、この作品がインストールされた後に街の人から何か感想を言われたりしましたか?
H:先日、壁画の撮影をしていたら通りがかりのOLさんが「斬新ですね」と話しかけてくれました。スマホで写真もたくさん撮っていってくれたので、きっと肯定してくれているのだと思います。他の場所で壁画制作をした時も、ポジティブな意見を投げかけてくれているなとは感じますね。
T:女の子=消費社会という話もしましたがHogaleeさんの描く「オンナノコ」は決してエロティックには見えません。普遍性があるのかもしれないですね。
H:直接的なエロスには興味がなくて、健康的なニュアンスでの女性らしさを描くのがとても楽しいんです。
T:東京ビエンナーレで「これはアートなの?」と捉えられてしまう作品も含めて一度受け入れた上で、街に対してアクションを起こしていこうという姿勢があります。それに付随して、Hogaleeさんは現代アートとデザインの境界についてどのように感じていますか?
H:「これはアートではない」という論調は誰かが決定できることではないと思います。では「これはなぜアートである」となぜ言えるのか。その説明は、人は何を基準にしているのかということや、単純にアートのマーケットだったり個々の会話に属しているかどうか、という点だと思うんです。極論かもしれませんが、制作側がアートだと思っていればアートなのではないでしょうか。日本の“アート”、海外の“アート”、「芸術」「美術」……など言葉には細かいニュアンスの差がありますが、大きな概念で語るのであれば「僕の作品は“アート”なんです」と、僕は自信を持って言うことができます。
Hogalee氏。小川町の一角でぜひオンナンコに遭遇して欲しい。photo by YUKAI
<作品詳細>
《Landmark Art Girl》Hogalee , 2020, 11m×9m, 宝ビル常設壁画
場所:東京都千代田区神田小川町1-6-1 神田小川町宝ビル壁面
協賛:株式会社ビルテック、日本ペイント株式会社