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ヘンリー・ダーガー『非現実の王国で』〜彼自身が生きるために必要な、もう一つの現実

病院の清掃員を54年間続けていたヘンリー・ダーガーは、彼の高齢に伴い73歳で退職し、さらに、聖オーガスティン・ホームへと移り、その翌年、1973年、81歳で亡くなります。部屋を片付けた際、壊れたおもちゃ、テープで修理された眼鏡、旧式の蓄音機など、生活の痕跡がそのまま残され、その量は、トラック二台分のゴミになりました。そのゴミの中から発見されたのが、『非現実の王国で』と題された、タイプライターで清書された15冊の原稿でした。そのうち7冊は製本済みで、残りの8冊は未製本でした。さらに、物語を図解する絵が綴じられた巨大な画集が3冊あり、数百枚の絵が含まれていました。これらの絵の中には、3メートルを超える長さのものもあり、粗悪な紙に両面にわたって描かれていました。ダーガーの部屋から発見されたこれらの作品は、彼の豊かな内面の世界と創造性を示しています。彼が生前、ほとんどの人々から理解されることのなかった孤独な人生を送りながらも、ダーガーは自らの想像力を形にしていました。

大家だったネイサン・ラーナーが部屋から見つけ出した作品群は、普通ならば多くの大家がただのゴミとみなし、捨ててしまうようなものでした。しかし、ネイサン自身が写真家であり、優れた工業デザイナーだったため、彼はダーガーの作品に稀有な芸術的価値を見出すことができました。彼はダーガーの著作、絵画、そしてその生活空間を四半世紀以上にわたって保存し、美術関係者や研究者を招いてダーガーの作品を紹介し続けました。その結果、彼の作品は、アウトサイダーアートの分野で高く評価され、彼の生涯と作品は、孤独や社会からの疎外感を抱えながらも創造的な表現を追求したアーティストの重要な例として注目されています。

非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎 デラックス版より一場面

1892年にシカゴで生まれたダーガーは、幼い頃に母を失い、妹とも引き離されました。父親はダーガーの教育に尽力しましたが、ダーガーが8歳の時に父親が健康を害し、その結果、ダーガーは孤児院での生活を余儀なくされました。学業においては非常に優秀だったダーガーですが、精神的な問題が徐々に表面化し、結果として精神薄弱児施設に送られました。この施設での生活は規則正しく、ダーガーはある程度適応しましたが、15歳で父が死去すると、彼はシカゴに戻り、人目を避けながら低賃金の労働に従事し、ほぼ隠者のような生活を送りましたが、この期間中に、彼は独自の創造的な世界を構築していくことになります。

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ヴェルデさん、かるびさんなど美術ライターも参加していただきました。それぞれの切り口のいろいろな読み物がが楽しめます。

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