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Duolingoで越えるハングルの壁!

前にも書いたことがあるが、Duolingoという外国語学習アプリを愛用している。

https://note.com/tokyoambler/n/nff499c3ab7ed


その良さは、たぶん、使ってみないとわからない。

だから誰にでもとりあえず使ってみることをすすめている。

ポイントは、外国語というものの習得は基本、何度間違えることができるかによって可能になるということにある。

これまでの教習本や書き取りノートと違って、いやになるほど、文法や単語を間違えることができるのがこのアプリの強みである。

僕は2016年以来使っている。

日本語スピーカー向けには最初は英語しかなかった。その程度の英語は、なんとなく身についていたから、僕が5年以上続けられた秘密はそこにはない。

魅力は英語スピーカーに開かれた外国語の選択肢の圧倒的な広さだった。

欧米に関して言えば、主要言語はすべて、アジアの言語もかなり網羅していた。

僕は、英語でフランス語を始めた。大学の時の第二外国語でかなり一生懸命勉強した記憶だけは残っていたので、文法の骨格に対する軽い理解度はあった。

あとは、当時不可能だった、何度でも間違えることができるという勉強法をもっとも身近なスマートフォンアプリでできるようになったのだから無敵である。

どの程度フランス語ができるようになったかは定かではない。現場で使うチャンスは3年前ぐらいにパリにいった以来皆目ないからだ。

ただNHKのフランス語ニュースや、ツイッターのフランス語ツイートの理解度はかなり上がってきたようだ。

このパターンで、中国語、スペイン語、ドイツ語などに広げている。

はじめは大好きなイタリア語を始めた。ただ一つ厄介なことがあった。

問題はフランス語とイタリア語の言葉の近さだった。同じ系統の言語を一度に学ぶと単語や動詞の変化などで混乱をきたすのだ。

ということで、欧州言語としては、フランス語とは案外近くないスペイン語。ドイツ語を選んだ。

アジア言語は、日本語からできる中国語と韓国語をはじめた。

スペイン語に関しては英語で学ぶスペイン語に加えて、フランス語で学ぶスペイン語のバージョンも試し始めた。これはある意味、フランス語をさらに深めるためでもある。

この言語をクロスした外国語学習が、ある種の立体感を与えてくれて、きわめて有効なのだ。

当然、ある一定のレベルになったのはフランス語だけだが、スペイン語もドイツ語も一定の期間、積み上げればどのくらいのレベルに達成するかのイメージができてきた。

欧州言語に関していえば、言語観の文法構造を比較できるというのは学習の観点からも有効だ。

スペイン語はフランス語に比べれば、言語的には雑でゆるくできているとか、英語の格変化、複数のいい加減さとか。

フランス語から始めたのは案外よかった。ベースにある程度きっちりした文法構造をある言語を学ぶと、それが緩んだ感じの言語を学ぶのは相対的に楽になる。

フランスという国は、フランスという国のアイデンティティの中心にフランス語があったことや、スペインはそれよりもはるかにコスモポリタン(世界制覇的思考をこの言葉で呼んでいいのか少し躊躇するけれど)で、自らが制覇した地域の住民に広く、緩く使われることを想定したのかなどと、思わぬ妄想にもつながって楽しい。

Dulinguoでも僕が馴染みの或るアルファベットや漢字の世界は対応できても、文字に馴染みのない言語は無理だろうと思っていた。

特に僕にとっては隣国の言語ハングルがそれだった。

ハングル文字の壁が目の前に大きく聳えていて、文法的には近いとか、日本人には一番学びやすいという噂はあっても、その見知らぬ文字の前に立ちすくんでしまっていた。

過去にもなんどか、ハングルに挑戦した。ハングル表みながら覚えたり、書いたりしたが、なかなか続かなかった。

僕は昔から、文法などは後付けで、その国の新聞を眺めてみるという、とにかく泳いでみるという勉強法が好きだった。

それが通じないのが、ハングルだった。

Duolinguoが日本語から韓国語を学ぶバージョンをいつのまにか導入していたので、試してみた。

やはり最初の方は、個別のハングル文字を覚えるに苦労した。

しかしハングル表を片手に精緻にやろうとするとすぐに嫌になってしまうことは経験上わかっていた。

だからDulingo式、とにかく間違い倒す戦法でやってみた。

ハングル文字の後半の方になってようやく、文字が僕の身体に吸い付いてくるようになった。

これはかつてない体験だった。

ハングル文字の課が終わって、実際にハングル文字の意味を日本語にしたり、音を聞いてそれがどの言語にあたるのかを始めた。

驚きだったのは、音から韓国語がそれなりにつかめるようになったのだ。当然、なんども繰り返しているからだが、ハングルの壁を下り始めたころから、韓国語は日本語に近いという感覚が少しだけわかるようになった。

助詞があることや語順が同じであるとすれば、あとは、単語を覚えればいいのだ。

数をこなしていけば、その単語の表記も身体に吸い付いてくるはずだ。

ただ新しい発見もあった。韓国語の発音は、日本語の発音に比べればはるかに複雑だということである。

発音が簡単かどうかというのは外国語学習でとても大事なことだ。

さきほどのスペイン語に戻ると、スペイン語が普遍的に使われる理由の一つは、アルファベットをそのまま読めば、正しい発音につながることや、耳で聞こえたものをそのまま書き取れば正しい言葉になることにある。

このあたりがフランス語とは圧倒的に違う。その意味では発音や聞き取りの点でフランス語学習者にふりかかるストレスがない。

複数言語を複数言語を経由して勉強しているうちに、その言葉を身に着けるうえでの厄介さの綾が少しずつわかってきている。

こんなことがわかることは外国語学習にとってはさほど重要ではないかもしれないが、僕にはこういう微妙なところがたまらなく面白い。

最近見た映画で、主人公が、仕事に疲れて、パズドラしかやれないんだよと嘆くシーンがあった。

Duolingoも別に実用的目的でやってるわけではないので、或る意味パズドラにはまっているのとさほど変わらないはずなのだが、語学を勉強するということに伴う無根拠な肯定感のおかげ嘆いたことはない。

でも客観的にみれば、僕はDuolingoというスマートフォンのゲームにはまっているオッサンに過ぎないのだが(笑)


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