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ローリングストーンが米国ツアー業界の惨状を伝える記事を読んだ

デジタルテクノロジーによって、人間がひとりでできることが飛躍的に増加したということは間違いない。

その過程で、企業という仕組みも、根本的な見直しを余儀なくされている。その中には、前向きにとらえるべき、健全な部分が多いのも事実だ。

しかしデジタルテクノロジー自体が、万能薬というわけではないのも当然のことだ。

アメリカ株式市場では、トランプ就任後3年間の株価の上昇分のすべてがはげ落ちたらしい。当然、この3年間の上昇相場を駆動したのはGAFAに代表されるテクノロジーである。

ここ数年間は、そのデジタル景気がもたらす余禄を多くの人が享受することができたのかもしれない。その中には、新しい雇用の形が生まれたというのも否定できない。

しかし、今回のコロナウィルスによって、デジタルテクノロジーが大多数の人にとっての幸福をもたらす万能薬ではないことが明らかになってきてもいる。

新しいテクノロジーが社会の仕組みの中に取り込まれていくにはもう二山、三山越えなければならないのだ。

新しいテクノロジー相場の中で、最大限喧伝されてきたキーワードにGig Economyという言葉がある。

Uberのようなインターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方のことである。一つの企業に収入源のすべてを依存するのではなく、副業的な収入フローを得るための活動のことのようにもとらえられたかもしれないが、その本質は、企業活動の外側の単発の請負事業を煽るためのキーワードだった。

今回のコロナウィルスは、そのインターネット的な働き方の最も脆弱な部分を破壊した。

ローリングストーン誌が、「コロナウィルスはどのように音楽業界の裏の生活を破壊しているか」という記事で、Gig Economyの最たるものである音楽ツアー業界の惨状を報じていた。

どんなことが書いていたかというと。


今回のコロナ騒動で、多くのツアー、ショー、フェスがキャンセルになったり、延期になった。

記者のインタビューに答えたツアーの関係者は、タイミングも最悪だったと答えている。

ミュージシャンの全国ツアーには季節性がある。

冬はツアーにとっては閑散期で、まさに3月、4月がツアーシーズンの開幕なのだ。これはツアーにやってくるファンの財布の紐がこの時期はまだ緩いという理由もあるのだという。

その理由に客観性があるかどうかはともかく、この業界では、そういった予測を前提に、計画をたてて、実行の準備をしてきた。

コロナ騒動がまさにこの出鼻をくじいたのだ。トランプの外国人向け渡航禁止令の曖昧な言葉使いがいらぬ混乱を招いたことを嘆く声もある。(本来は外国人の向けなのに、それを米国民も含まれるという誤解を招きがちな言葉遣いだったとか。)

ツアー業界の主要なプレーヤーの一つにツアー専門の旅行会社がある。こういった会社は、ツアーのプロダクションのために、ホテル、フライトのアレンジなど、ロジスチック全般を請け負う。こういった会社は、ツアー開始の、数か月前から予約、準備を始めるので、規模的には一番大きな影響を被っている。活動は半年以上前から始まっており、そのための費用は既に発生している。こういったツアー前の費用は、ツアーが始まってからしか回収できない。

ホテルや航空会社が手数料を支払うというビジネスモデルだ。

しかしミュージシャンの怪我、妊娠あるいは今回のようなパンデミックの場合、事前のキャンセルの場合には、旅行会社の手数料が支払われないのは当然としても、それで彼らの仕事が終わりとはならない。

ツアーのプロダクションが過度な負担を受けないように、ホテル等と交渉しなければならないのだ。

つまり手間は2倍で、一銭も入らない日々が続くのである。

インタビューに答えた旅行会社は、年間の収入の8割以上を3月から9月の間に稼ぎ出すというから、年間収益の3分の1が吹き飛んだのだ。

旅行会社によれば、既に、ホテル側がツアー側から受け取っているホテル代に対する自分たちの手数料もままにならないと考えている。

この時期、ホテル側も、空室率は5%程度でフル稼働を期待していたところ、今、なんと90%が空室という状況に直面している。支払い側が危機存亡なのだから、旅行代理店の手数料など後回しにされる可能性が大なのだ。

大規模ツアーを取り扱っている旅行代理店は人員の25%から50%のレイオフを余儀なくされるだろう。

地方ツアーは、ツアー側のスタッフではなく、多数のフリーランスが様々な裏方を取り仕切ることで運営されている。

こういった人々の窮状は悲惨だ。

当然ながら、アーチスト側がこういった地元スタッフを雇用しているケースはない。ツアーごとに、こういったフリーランサーに対する支払いがなされるのである。当然ながら、ミュージシャン同様、彼らは組合に加入してはおらず、利益団体のようなものも存在しない。

今回のコロナ騒動で、収入が一切途切れたと同時に、医療保険、失業保険へのアクセスを持たない人々が大多数である。

アーチストのマネジメント会社が、ツアー中断の場合には、こういったスタッフの支払いを保証するケースもあったが、開始前のキャンセルにはあてはまらないし、ツアー中断の場合でもこういったことは稀になってきているらしい。

今でも関係者が美談として語るのは、Justin Timberlakeの Man of the  Woods ツアーが彼の声の不調によって順延した時に、自宅待機を余儀なくされた全スタッフに対してアーチストが、ツアー再開まで全額支払いを行ったことである。しかしこれは極めて稀なケースらしい。


アーチストがツアースタッフを年間で雇用するケースもないわけではないが、そういうスタッフ思いのアーチストだとしても、今回のように、自分たちが無収入になるような状況はどうしようもないだろう。


コンサートホールのドリンク販売、警備員、コート預かり、チケット販売等の仕事に至っては何をかいわんやである。これらの仕事をしている人にはリモートワークの恩恵は行き渡らない。

こういったGig Workersをさらに追い詰めたのが、トランプの税制改正だったという。かつては費用控除が無制限だったのに、この税制改正によって1万ドルの上限が設けられた。医療保険も失業保険もないこういう人々の費用控除さえ制限されたのだ。

ライブイベントにかかわるフリーランサーたちは、この分野だけにフォーカスして生計を立てている。このため、この業界が壊滅的な打撃を受けると、なんのリスクヘッジもできない状況に追い込まれるのである。

今回のコロナ不況によって業界自体の存亡が問われている。

というような内容の記事だった。

新たな動きとしては、韓国でのリアルタイムのコンサートのストリーミングで投げ銭的な資金を得る機会などが紹介されているが、そういった新しい流れでまかなうには、これまでの長期間の好景気の中で、膨れ上がった仕事のバブルがはじけたとすると到底それによって賄える部分は大きくはないだろう。

デジタル化という人と人の直接の交流を制約する流れの一方で、生き物としての人間が欲した「ライブ」という場所が、感染症によって破壊されてしまっている。世の中の流れの非情さのようなものに呆然としてしまう。

こういった環境の中でも、強く、前向きに生きていくためには何が必要なのだろうか。

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