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東京2020大会における東京アクアティクスセンターの整備について ~プール空間の建築設備技術と3Rの推進~

1.はじめに

 本施設は東京2020大会の水泳会場として令和2年2月に新たに整備された水泳場で、計画地は江東区の臨海部、辰巳国際水泳場に隣接した辰巳の森海浜公園内です。

案内図                    施設概要

 「最高の競技・観覧環境」を有する水泳の聖地、子供から高齢者までの誰もが利用でき、賑わい創出の中心として広く愛される施設を目指した計画としました。
 施設内には国際公認規格のメインプール、サブプール、ダイビングプールを備えています。東京2020大会時は収容約15,000人、施工中の改修工事で約5,000人の恒久施設となります。

外観                    配置図
飛込台                  プール概要

 設計ではアクセシビリティの検討、環境に配慮した太陽光発電、太陽熱・地中熱利用、コージェネレーションシステム等省エネ再エネ設備の積極導入を行いました。施工は約7,000tの大屋根を地上で組み、四隅の柱でジャッキアップするリフトアップ工法を用いています。
 今回は、代表的な建築設備技術、3R(主にリユース)の推進などについてご紹介します。

2.電気設備_メインプール内の競技用照明設備

 電気工事においては、受変電設備、非常用発電機、太陽光発電設備、照明設備などの施設運用に必要な電気設備を整備していますが、プール空間において特に配慮したのが「競技用照明設備」です。
 本施設の競技用照明設備は、一般競技から国際大会の公式競技まで対応できる照明基準を満たし、加えてテレビ撮影への配慮、競技者へのグレア(まぶしさ)について十分検討をした上で設計・施工を行いました。表1にメインプールの競技用照明設備の設計値と参考にした各種基準を示します。なお、各設計値は日本水泳連盟などの関係競技団体と十分協議を行った上で決定しました。

表1 設計値と各種参考基準

 競技用照明設備は全てLED照明で296台設置しており、プール空間で使用するため、耐塩素仕様としました。

競技用照明外観(光束:106000 lm)

 本競技用照明設備を検討するにあたり、最も苦慮した点が「グレア(まぶしさ)」を軽減させるための機器配置の検討と機器選定を行ったことです。
 「グレア(まぶしさ)」の軽減検討については主に「競技者」及び「テレビ中継」の2つの視点から行いました。本施設においては、照明器具そのもので起きる「直接グレア」だけでなく、水面から反射される「スキップグレア」の影響が競技者の視認性に影響を与える可能性があったため、このスキップグレアの抑制が重要な課題となりました。
 スキップグレアは日本水泳連盟の施設要領の推奨に則り50度以下となるような機器配置で検討を行いました。当初の機器配置図を図1に示します。

左:図1 機器配置図(当初案) 中:図2 機器配置図(採用案) 右:図3 機器配置図(検討案)

 図1では、機器の取付列を6列としていましたが、6列だと背泳競技者に影響を与える可能性が生じたため、4列配置としました。4列配置についてはさらに図2と図3の2案にて検討を行いました。
 図2は照明器具の取付ライン位置を内側はプールの端、外側は競技場の端の位置としています。図3は内側の照明器具の取付ライン位置は図2と変わりませんが、外側を観客席の位置としました。この2つの取付ライン位置に対し、照明器具を「特注品」、「標準」とするかの計4パターンで検討を行いました。
 その結果、表1の求められる照明基準等を満たす配置列が少ない図2の配置案とし、照明器具を「標準品」を採用することで維持管理上のメンテナンス性、イニシャルコスト的に優位性の高いものに決定しました。
 この結果、東京2020大会時の選手達からはメインプールの使用感は評判が良かったため、競技用照明設備については競技者等に配慮した理想的な明るさで整備することができたと考えています。

3.機械設備_プールろ過設備・空調設備

 国際公認プールの規格を満たし、臭気が少なく透明度の高い世界最高水準の水質を確保することを目標とし、メインプール及びサブプールでは透明度50m以上を設計条件としました。

ろ過方式概要

 ろ過方式の選定は、砂ろ過及び珪藻土について、水質・コスト・維持管理の点から運用実態を考慮して比較検討しました。既存類似施設(国体級プール13施設)や競技団体、ろ過メーカー等へヒアリングし、整理した結果を表2に示します。

表2 ろ過方式の比較

 大規模なプールでは珪藻土の搬入・補充に多大な労力を要すことがわかり、本施設では維持管理性に優れる砂ろ過方式を採用することとしました。施工段階ではろ過性能の確認のため、工場検査(試験機による濁度除去率確認)を実施し、目標水質が確保できることを確認しました。その他、水処理には中圧紫外線処理装置を採用することでプール水に含まれる結合塩素を分解し、競技者及び観客席への塩素臭の軽減を図る工夫を行っています。

プールろ過システムフロー図             ろ過機械室     

 空調設備においては塩素及び塩素臭による対策を重点的に検討しました。アリーナ空間は一般諸室への塩素の拡散を防止するため弱陰圧となるようエアバランスを調整し、空間の塩素レベルに応じて機器類や支持材等の耐塩素グレードを決定しました。
 プールサイドの空調は温度ムラや吹出風速の抑制を目的に壁面足元に分散配置した給気口から送風し、プール内の排水側溝空間を利用して吸込むものとしました。吸込口をプールフロアレベルとすることで比重の大きい塩素を効率的に回収し、競技者及び観客席への塩素臭を軽減します。加えて、天井内を空調機で加圧給気することで屋根裏の結露を防ぐと共に、塩素を含む多湿な空気の上昇を防止し、鉄骨等の腐食を抑制する効果があります。

  メインアリーナ空調概念図         排水側溝・空調還気スペースの構造

 これらプール空間における建築設備技術の工夫により、東京2020大会時には大会関係者から臭気が少なく泳ぎやすいプールとの好評を得ました。

4.3R(リデュース、リユース、リサイクル)の推進

 本施設の整備に当たっては、大会後に撤去・改修工事を行うことを踏まえ、環境負荷低減及び持続可能性に配慮する取組みとして3Rを推進しています。設計段階から環境負荷低減、廃棄物削減等を考慮し、大会後に撤去する部分には特に積極的に3Rに配慮した資材、工法、製品を選定しています。ここでは、特徴的なリユースの取組み二点を紹介します。
 一点目は、他の都有施設で不要となった設備を本施設でリユースしたことです。東京2020大会用の仮設観客席約1万席分の空調設備には、有明コロシアムで使用していた空調機84台、送風機8台、動力制御盤20面を移設し再利用しました。有明コロシアムの改修工事で処分する計画であった機器を仮設用設備として活用し、双方で整備費縮減と環境負荷低減の両立を図りました。

有明コロシアムの空調機(移設前)       仮設観客席用空調機(移設後)   

 二点目は、現在施工中の改修工事において撤去部材のリユースを図っていることです。
 対象となる部材は減席に伴い撤去する観客席と設備機器等48品目です。本施設での再利用のほか、庁内各局、都内外自治体、公益施設等に無償譲渡を広く呼びかけ、多種多様な部材を再び活かす取組みを進めています。
 観客席については、都立体育施設の他、大会開催に向けて新築・改修予定がある体育施設を有する自治体等に活用を働きかけています。令和5年度から改修工事を行う駒沢オリンピック公園総合運動場体育館など、各事業の需要時期に合わせた長期的な計画で候補先と調整を進めています。
 設備機器等については、保守用途等ですぐに利用できる品目があること、経年劣化が進む前の再使用が望ましいことから、改修工事期間内(令和5年2月末まで)にリユース先を確定し、極力数多く活用されるよう取組んでいます。表3に設備機器等計1790点の分類別リユース状況を示します。

表3 撤去設備機器等のリユース状況(令和5年1月現在)

 数量の多い防災設備を除き100%のリユース率に至っています。各部材はメーカー保証が失効しているため、再利用しやすいよう撤去前の点検、付属品等の確認、丁寧な撤去と清掃・梱包を行ったうえ、取扱説明書や点検記録を添付し可能な限り新品に近づけて提供しています。既に使用を開始したリユース先からは、良品の無償提供に対する感謝の声と好評を頂いています。引き続き、リユース率の向上に努め3Rの取組みを積極的に推進していきます。

5.おわりに

 本施設は東京2020大会運営に支障をきたすことなく稼働し、大会関係者から好評を得ました。今後、改修工事を経て令和5年4月から供用開始される予定です。本施設が東京2020大会のレガシーとして広く都民や利用者に愛される施設になることを期待しています。