ユーモアとファッションは似ている

ユーモアもファッションも、最終的には自己満足に達することを目指す営みだと思う。
でも、自分の理想に近づこうとすればするほど「共感」を得るのが難しくなっていく。そういう意味では音楽に関しても似たようなことが言える。

たいていの売れているミュージシャンはある程度の妥協を受け入れているはずだ。お笑い芸人も尖りすぎていれば日の目を浴びる可能性は少なくなる。

ファッションも、周りに馴染みやすい服装をしていれば少なくともマイナスの評価を受けることはない。

ただ、共感の方に寄りすぎてしまうと文化が前に進まなくなってしまう。それはそれでつまらないし、新陳代謝がないと人間と同じように劣化していってしまう。

だからファッションには流行があり、笑いの取り方も日々進化している。

ここ数年でいえば、ワイド、オーバーサイズの服が流行っている。
一過性のものと思ったが、意外に息が長い。

このまえある記事で見たのだが、スタイルをよく見せるにはまず脚のシルエットを隠すことが重要らしい。それで言ったら日本人は未来永劫ワイドパンツを履いて生きていくのかも。

私は漫才をよく見るのだが、ここ6,7年は「言葉遊び」がベースになったネタが多いような気がする。霜降り明星や真空ジェシカがその典型といっても良いかもしれない。ネタを書いている粗品と川北はどちらもピンでフリップネタをしているのだが、そのピンネタの世界観をどちらのコンビも漫才で再現している。

個人的には最近カナメストーンにハマってしまっている。

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