見出し画像

コミュニティマネージャー 河野春菜 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.9-

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、KABIN Co.,Ltd.代表の河野春菜さんです。河野さんは、コミュニティデザインを手法として、企業が抱えるさまざまな課題と向き合い、新たな価値の創造に取り組んでいます。コミュニティマネージャーという職業についてや独立に至るまでのお話、今後の展望などについて伺いました。



つながりを作る仕事

KABIN Co.,Ltd.代表 河野春菜さん

――現在の仕事について教えてください。

2019年に立ち上げた一人会社、KABIN Co.,Ltd.で、場づくりやコミュニティデザインをしています。主にリアルでの空間のコミュニティを作っていて、人と人を繋いだり、情報と人を繋いだりしています。説明するのが難しいのですが、いろんな企画を生み出したり、つながりを作ったり、きっかけづくりをしたりして、場のプロデュースをしているんです。

近年はオンラインでのコミュニケーションが発達してきたので、オンラインとリアルを繋ぐこともあります。いろんな手法を交えて場を作っていますね。肩書きはコミュニティマネージャー、コミュニティキュレーター、コミュニケーションデザイナーなど、属する場所や役割によって変わります。

――コミュニティマネージャーとはどういう仕事でしょうか?

地域のコミュニティをつなぐ人がコミュニティマネージャーだという認識をされることが多いと思います。街づくりをする時や社会課題の解決を目的とする時に、コミュニティの力が強く発揮されてきた実績があって、そういったコミュニティをデザインする役割のことを指します。

一方で欧米を中心に、IT業界の中でコミュニティマネージャーという肩書きが使われています。ここではファンベースという考えのもと、役割を定義されることが多いと思います。私の場合はファンベースでの役割に近いですね。

――具体例があれば教えていただきたいです。

例えば、Metaはインスタグラムの運用を開始する際に、完成したものをすぐにリリースしたのではなく、試用期間中にユーザーに触ってもらい、どんどんファンを広げていきました。その時にリードしていたのがコミュニティマネージャーです。この運用方法のおかげでリリース前に既にファンがいて、ユーザーを巻き込みながらプロダクトを作り上げることができたそうです。私はその話を聞いて、初めてコミュニティマネージャーという職種があることを知りました。

渋谷QWSコミュニケーター。オープニングメンバーとして携わった。

――普段はどういう風に仕事をされていますか?

インタビューなどのリサーチの結果を分析し、どういう傾向があり、どういう仕掛けがあったらいいのかをしっかり考えた上で、コミュニティを設計することもあります。でも多いのは、担当する場所に行き、時には常駐しながら、現場でどんなことが起きているのかを観察するケースですね。人が話していることや行動にヒントが隠されているので、イベントをやってみて反応を見ながら調整して仕上げていくことが多いです。

――忙しい中で、実際に現場に足を運ぶ理由はなんでしょうか?

ユーザー視点って抜けがちなので、そこに集まる人がどういう性質を持っているのかを実際に見て知ることが重要なんです。長期に渡って携わったり、始めの1年は現場に張り付いていたりしないと難しいですね。

例えば、一つの空間にカフェがあれば人同士がつながるのでは?と思っても、実際は訪れる人の文化と空間が合っていないと、人と人とをつなげる機能を果たさないこともあります。コーヒーを飲むだけで終わってしまって、コミュニティには発展しない。ほかにも図書館で、読者の感想に感化されてほしいと思って図書カードに感想を書ける欄を設けても、使われないこともあります。

食の場をコーディネートした某照明会社のレセプションパーティー


何にでもなれる

企業合宿のプロデュースも手掛けている

――仕事のやりがいを教えてください。

見えてないことをどんどん形作っていくためにたくさん観察をするので、場所への愛着も湧くし、おもしろい人や情報に出会うことができます。新しい発想や自分にない視点を持っている人と出会うことが多くて、自分の成長にもつながります。つなげるだけではなく、自分も新しいつながりを作ることができるんです。そうしてつながった人と、別の場所で仕事をすることもあります。仕事だけでなく遊びに行くこともあり、色々なつながりに発展していくのが楽しいですね。

――仕事をする中で苦労することはありますか?

捉えようのない仕事なので、仕事内容の説明が難しいです(笑)。クライアントによって役割が変わるから一言で語れなくて…。例えば、コワーキングスペース「point 0 marunouchi」で担当していたのは管理業務です。現場で入居者と繋がるスタッフの統括をしつつ、ビジネスを生み出すというゴールに向けて、新規事業にまつわるテーマでのイベント開催を求められました。様々な企業の新規事業を起こす方たちが集まる場所で、部活動など仕事以外で繋がれる機会をデザインする必要もありました。

point 0 marunouchiでは、WELL認証をクリアした健康食ランチサービスを導入。

それに対し、ソニーの社内コワーキングスペースの対象は社員なので、管理業務とはアプローチが異なります。管理というよりは自分自身も輪の中に入り、社員視点に寄り添いながら企画の考案から実施、時には広報のインタビュー動画の制作などに携わっています。

クライアントは私の仕事の前例を見て声をかけてくれるけど、案件ごとに業務が違うので、必ず再現性があるとは限らないんです。あとは、この仕事ってまだまだマイノリティで、コミュニティマネージャーって何?という反応をされるので、価値定義をしていかないといけないのが難しいです。KPIのような指標や明確な答えがないため、実績や数値を見せるのが大変ですね。常にクライアントと、何ができてどうしたいのかを擦り合わせる必要があります。

なので、プロジェクトごとに過去の事例を紹介してコンセプトやプロセス、業務内容の詳細を丁寧に説明しています。大変だけど、面白さも感じながら仕事をしています。

コミュニティマネージャーとして携わるソニーのコワーキングスペース「PORTみなとみらい」 ©️Kenta Hasegawa

――一人会社であることも大変なように思います。

そうですね。この仕事は場所に依存するので、大きい場所を同じ時期に二つ掛け持ちできません。掛け持ちする場合は、現場に行かなくてもできる役割を担当するなど工夫をしています。

コミュニティマネージャーは場所と予算によって人数が変わるけど、基本は複数人で担当するものだと思っています。案件の進行もその人のキャラや性質にかなり影響されるので、複数人いた方がフィットしやすいです。でも、自分のやりたいことを体現できているのは一人会社です。1人だからこそいろんなことができて、何にでもなれるのが楽しいし強みだと思っています。


生き生きと過ごせる器

――コミュニティデザインに興味を持ったきっかけはなんでしょうか?

そもそも自分自身、生き生きと活躍できるのは環境の要素が大きくて。空間はもちろん、誰といて誰とチームを組むのかが重要だと感じていました。どんな環境にも適応できる人もいるけど、私はそうではなくて環境に支えられてきたタイプだからこそ、心地いい環境ってなんだろう?と興味を持ったんだと思います。空間が成り立っている要素全てに興味がありますね。

私は昔からよく自分の周り、環境を観察する人でした。クラスにいても周りの人がどういう話をしているのかを、輪に入らず客観的に俯瞰して観察していたタイプなんです。今の仕事は自分の心地良さではなく、人がどう心地いいと感じるのかを考えることが重要です。難しいことだけど、ずっと客観視してきたからそういう仕事に面白さを感じました。

――ちなみに、会社名、KABIN Co.,Ltd.の由来はなんでしょうか?

花を生ける「花瓶」からとっています。もともと空間を作る側として仕事をしてきましたが、それって器を作ってきたということだと気づいて。飾り物にならず、美しさを引き立てるためのものとして機能する、人が生き生きする器をプロデュースしたいという思いからこの名前にしました。


キャリアを模索する中で

――TDP入学前はどのような仕事をされていましたか?

当時は家具メーカーのオカムラに勤めていて、マーケティング部門内の一つのチームとして、オフィスを再定義する仕事をしていました。オカムラの"Sea"という共創空間でコミュニケーションデザインを手法に、家具の販売やレイアウトだけでなく、クライアントのブランドイメージ、ビジョンに寄り添ったオフィスづくりを提案していました。オフィスをただ働くためだけの場所ではなく価値を生む場所にしたくて、そこで働く人がどうすれば生き生きできるかを考えていました。

また、WORK MILL(※1)の運営部署に所属しながら新しい顧客を開拓していて、そこでは「もの」より「こと」の提案をしていました。オカムラには新卒で入社し、営業や販促、マーケティングなど部署を異動し、合計で10年ほど勤めていましたね。 

(※1)「はたらく」を変えていく運動。ウェブマガジンや雑誌、共創空間を中心に活動を展開し、共創による価値創造や、目的や志を共有できるコミュニティづくりを目指している。

共創空間「Open Innovation Biotope”Sea”」で開催したカンファレンスイベント

――TDPに入学したきっかけを教えてください。 

WORK MILLの部署に所属していた時期とほぼ同時期に入学したのですが、今後のキャリアを模索していたので何かスキルを身につけたいと思ったんです。もともと私は、ネイリストの資格を持っていたり、大学では服飾を専攻していたりなど、デザインや美術、芸術に興味がありました。自分の好きなことを仕事にするために勉強しようと思い、学校を探していたら社会人でも通えるTDPを見つけました。どのコースを受講しようか悩みましたが、入学前のカウンセリングで、グラフィックデザイナーは自分で描いたものをパッケージにできる仕事だと初めて知って。一番興味があったのでグラフィック/DTP専攻を選びました。

――受講してみてどうでしたか?

実際に授業を受けてみて、想像していたよりも本格的な授業だと思いました。デザインって楽しいだけだと思っていたけど、現役プロのデザイナーの先生から直に教えてもらったことで、デザインの奥深さを知りました。緻密に設計されているし、そのために下調べもする。企画を考えることや、情報を集めたりすることに面白さを感じましたね。さらに感性を分解して言語化することなど、手厳しく教えてもらいました。課題の提出も最初は辛かったですが、修了制作を完成させた時は達成感を得られました。クラスの仲が良くて修了後に海外旅行に行ったり、先生とも飲みに行ったりしましたね。


自分の感覚を信じて独立

WAT時代に手がけた食の場

――TDP修了後、独立までの経緯を教えてください。

修了してからもWORK MILLの部署に1、2年いました。並行して新規事業のデザインをしたり、オカムラやBAKEの新規事業のリーダーと、働く場所のアップデートを目的にプロジェクトを立ち上げたりもしました。授業で習ったことが活きたし、仕事に手応えや楽しさを感じるようになりました。もっと自分でいろんなプロジェクトを立ち上げたかったし、いろんな人と手を組んで仕事の幅を広げていきたいと思いましたね。

退職したあとは、前職で繋がった人たちに仕事をもらいながら1年間フリーランスとして働いていたのですが、空間を一から作ってみたくなって。WATという、まちづくりを目的としたカフェを作っている会社に入り、お店作りをしました。今まで勤めていた大企業と比べると、少数精鋭のためかなり忙しかったです。少人数なのに店舗は10店舗以上あったし、1年に3店舗以上開店させるような忙しさです(笑)。

いろんなことを任せてもらえたおかげで、自分でリードしてお店作りをするという経験を2年ほど積むことができて嬉しかったです。事業開発をした後もお店を通じたコミュニティづくりに携わっていたので、一貫してスキルをつけることができました。おかげでどうすればやりたいことができるのかがわかってきたし、自信もついたところで独立を果たしました。

もともと起業しようとは思っていなかったのですが、「いろんな空間を、人が生き生きできる有機的な場所にしたい」という、やりたいことがずっとあったんです。会社に勤めながらでもできるかもしれないけど、自分の感覚を信じてやってみたくなりました。自分の力で仕事にしたかったんですね。今はいろんな人とつながって、寄り添いながら場所の良さを引き立て、アップデートさせ、人と情報をつないでいる実感があります。


表現だけではない奥深さ

――今後の目標、展望を教えてください。

2つあります。1つ目ですが、私は今、クライアントと仕事がしたいので自分の場所は持っていません。お店を作れば好きな空間にはできるけど、そこにある場所を活かしたいと思っていて。でも、最近は場所を持ってもいいかなと思い始めました。クライアントワークでもなく、既存の場所で何をするかを考えるのでもなく、一から自分の場所をプロデュースしたいです。器が好きなので、器ギャラリーのようなお店を作ってみたいですね。

2つ目が、仲間を増やしたいです。コミュニティマネージャーやデザイナーと、一緒に働くチームを作りたいです。一人会社だけど、プロジェクトごとに得意な人を見つけて声をかけて業務委託するとか、そういった方法でチームができると面白いかなと思っています。手掛けるジャンル、分野を広げることができますから。

――最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。

直感で、興味のある分野の専攻をとってみてほしいです。必ず自分のやりたいことが何か明確になるし、仕事につながることが得られるはずです。私はグラフィック/DTP専攻を選んだけど、表現だけではないデザインの奥深さを現役で活躍している先生から学べました。そういったところがとても魅力的なので、是非味わってほしいですね。


今回のインタビューでは、コミュニティマネージャーという仕事のやりがいや難しさ、独立に至るまでの経緯などについて、河野さんに伺いました。

一人会社の代表として肩書きに捉われずに、様々な企業と共創し、コミュニティを活性化させていく河野さん。人々が生き生きできる有機的な場所作りを志す河野さんの今後の活躍が楽しみです。

次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇KABIN Co.,Ltd.
 https://www.kabin.co.jp/
◇河野春菜さんSNS
 Instagram:@harunoutsuwa
 Facebook:@haaaruna210
◇おとなの進路相談室(相談員)
 https://shinro-soudan.com/detail/5WcaXjgooiI206

[取材・写真]前田智広
[文]土屋真子