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3DCGパースデザイナー 世利尚敬 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.14 -

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。そんな東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーテリングマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、3DCGパースデザイナーとして活躍する世利尚敬さんです。世利さんはこれまでに広告やカタログのほか、プレゼンテーションで使用する建築・インテリア・設備等のCGパース制作を手がけてきました。2024年2月には独立し、株式会社SILQ DESIGNを設立しています。今回は世利さんに3DCGパースデザイナーという職業や印象に残っている仕事、TDPでの学びについてお話を伺いました。




3DCGパースデザイナーという仕事

株式会社SILQ DESIGN代表 / 3DCGパースデザイナー 世利尚敬さん

——世利さんの仕事について聞かせてください。

3DCGパースデザイナーが手掛けるパースの種類は、大きく2つに分けられます。一つが新築マンションや戸建などの販促広告用CGパース(以下、広告パース)、もう一つが建築家や空間デザイナーが活用するプレゼンテーション資料用CGパース(以下、プレゼンパース)です。私は今まで広告パースの方を多く手がけてきました。

広告パースは物件が魅力的に映るよう、高品質な3DCGである必要があります。そのため設計士や広告代理店、マンションデベロッパーらと何度も打ち合わせを重ねます。一方でプレゼンパースは施主への説明用であるため、3DCGとしてのクオリティーよりもあくまで資料としての簡潔さが求められるパースになります。ただ、コンペで使用する場合など、目的次第では魅力的な演出を行う必要があります。

——3DCGパースデザイナーの具体的な仕事内容について聞かせてください。

クライアントであるデベロッパーを含めて、設計会社や広告代理店らと打ち合わせを行います。そこではマンション建設における立地特性やターゲット層を明確にして、建築デザインを固めていきます。そこで固まった内容をもとにアングル検証*を行います。捉える視点で建築物の印象は大きく変わるため、アングル検証はとても重要な工程になります。アングルを決めたあとはパースに色やライティングを加えていきます。ここまでの作業はプレゼンパースとほとんど変わりませんね。

*アングル検証:建築物等に対してカメラや視点の位置、高さ、角度などを検証すること。

——広告パースとプレゼンパースの違いは、どの点にあるのでしょうか?

プレゼンパースの場合は、スケジュールがタイトであることや設計者が自分のアイデアを伝えるための一つのツールであることから、デザインの意図が伝わる表現ができれば大方問題がないことが多いです。一方で広告パースは販売したい相手が明確であるため、そこに向けた訴求力の高い表現が求められます。建築家が準備した図面をもとに、正確にパースに起こすことに変わりはありませんが、広告パースはそこで使用される素材や形を美しく見せられるようなアングル検証や情景描写が必要になります。また、クレーム問題に発展しないように図面との高い整合性も求められます。

——広告パースのアングル検証や情景描写などは、どのように行っていますか?

はじめに作成した3D空間にカメラを配置してアングル検証を行います。内装であればCGだけで事足りますが、外観はCG制作した建築物に周辺地域を絡めた写真の合成検証も行います。Googleマップなども活用しつつ、建築物がより魅力的に映るような位置を探していきます。アングルを決めたらカメラマンにドローン撮影を依頼して、その写真をもとに制作を進めます。写真に制作したCGの建築物を合成して情景描写として西日を描いたり、陰影を足したり、建築物がより魅力的に映るように制作していきます。

その後の制作では、設計士や建築デザイナー、エクステリアデザイナーやインテリアコーディネーター、あとはビジュアルに文言を入れていく広告代理店など、各担当者からのチェックバックを反映させていきます。業界に入った当初はCG制作さえできればいいという気持ちでいましたが、実際の現場ではいろんな人と関わるケースが多いです。その中で働くうちにコミュニケーションを取ることも面白いと感じるようになりました。

——建築業界において、3DCGパースデザイナーはどのような職場でお仕事されるのでしょうか?

最近はインハウスでCG部門を立ち上げる設計会社も増えてきたので、プレゼンパースは設計会社が内製することも多くなりました。ただし、広告パースには訴求力の高いデザイン性のある3DCGが求められるため、CG制作会社に外注して作ることが大半ですね。ちなみに外注先となるCG制作会社の数は少なく、フリーランスが活躍している業種でもあります。


「日常の中の非日常的な表情」を生み出す

——印象に残っている仕事を教えてください。

CG制作会社に勤めていたとき、広告の表現として会社から「日常の中の非日常的な表情」を出すように指導されていました。ただ、その表情を生み出すことに難しさを感じていたんです。非日常的な表情ってなんだろうって。でも、入社3年目で担当した大型マンションの広告パースでそれが少しだけ理解できました。

その仕事では、先方の担当者から「夕暮れのマンション」を表現したいという要望がありました。日が落ちきる前の、むらさき色やピンク色の表情をした夕暮れです。私はその言葉だけを聞いて表現を試みましたが、「これでは暗すぎる」「もうちょっと明るい感じに」など、夕暮れだけで何度も修正を重ねることになりました。当時は、どうして夕暮れの表情にこだわる必要があるのかまったく理解できず、指示されたとおりに作るだけでした。でも完成した広告を見たとき、そうした情景の細かさや繊細さが「日常の中の非日常的な表情」を作り出し、その表情が建築物をより魅力的に映すということを実感したんです。

——日常の中の非日常的な表情を生み出す難しさは、どのような点にあると思いますか?

日常の中の非日常的な表情を求められても、それを具体的に想像できなければ描くことは難しいと思います。先程の夕暮れの話も、多くの人が想像するオレンジ色の夕暮れもあれば、むらさき色の夕暮れ、青色の夕暮れなど、日の入り方や雲の状況で変わります。そうした景色を普段から意識的に見ていなければ、その表情を描くことはできません。もちろん景色に限らず、タイルやコンクリートなどの素材も同様です。実際に観察してみるとタイルには起伏があったり、コンクリートにはムラがあったり。それらを表現するには観察することが必要です。日頃の観察が日常の中の非日常的な表情を生み出すことにつながると思います。

——日常の中の非日常的な表情は、広告にどのような効果を生み出すのでしょうか?

広告として見栄えが良くなるので購買にもつながります。例えば、ただマンションをリアルに描くだけでは人の目に留まる広告になりません。でも、景色や素材などの細部にまでこだわってターゲット層に合わせた建物の表情を描くことができれば、人の目を引き高揚感を与えられる広告に仕上がります。このように、非日常的な表情は人の心を動かすことができると思っています。


今に活きるデザイン論

——世利さんがクリエイティブ業界を志したきっかけを聞かせてください。

子どもの頃から建築に興味があり、短大で出会った建築家の先生の影響で地元の設計会社に就職しました。でも就職した年にはじめて東京へ旅行に来たことがきっかけで、東京で働きたいと思うようになったんです。雑誌や本で見た有名な建築物や商業施設が次から次へと現れるのが楽しかったし、街が教材のように感じて。改めて東京で空間デザインを学びたいと思うようになり、気づいたら会社を辞めて上京していました(笑)。

——上京後、転職せず、TDPでデザインを学ぶ進路を選んだ理由を聞かせてください。

転職も考えました。でも私には東京に知り合いがいなくて、頼れる人もいませんでした。そんな状況で就職したら、そこで出会った人が東京でのすべてになるような気がしたんです。それはおもしろくないなと思い、もう一度学校で学び直すことにしました。そのほうが面白い出会いもありそうですから。TDPを選んだ理由は、1年制のコースがあったからです。1年間で集中して学ぶことができるのは自分に合っていると思い入学しました。

——TDP在学時、印象に残っているエピソードはありますか?

空間CADデザインの授業が楽しかったですね。先生が現役で活躍している建築家で、自身の経験談やデザイン論を絡めながら授業を進めてくれたんです。それがすごく楽しくて。例えば、当時建築や空間デザイン業界の最前線で活躍していた会社のプログラミングツールを活用したデザイン検証について教えてくれたり、実際の空間を例にとってその空間のポイントを読み解いてくれたり。教科書だけでは学べない話をしてくれて、まったく飽きない授業でしたね。

——TDPでの学びが今に活きていると感じることはありますか?

図面の読み書きなどの知識はもちろんですが、やはりデザイン論を学んだことは今に活きています。特にスピードが求められる仕事の場合、設計者から支給された図面の中から、どの部分がデザインのポイントなのか、どこに時間を費やし魅力的に見せる表現を施す必要があるのか、図面を素早く読み解き効率的に作業を進める必要があります。もし設計者の意図を読み解くことができなければ、中身のないただの絵になってしまいますから。デザイン論を学んだことで、スピーディーに良質なCGを作ることができていると実感しています。

——TDPの受講生との交流はいかがでしたか?

みんなそれぞれ異なる経歴を持っていて面白かったですね。大学に通いながら来る人もいれば、空間デザインとはまったく関係ない仕事をしていた人もいる。そんなクラスで授業を受けることができたのがとても刺激的でした。こうやらなければならない、みたいな決まった価値観がなかったのも学びになりました。また、別専攻の生徒や先生方との距離も近く、空間デザイン以外のWebやグラフィック等のデザインをより身近に感じられたこともよかったですね。


空間デザインを知らない人にも伝える

——3DCGパースデザイナーの魅力を教えてください。

図面をもとに、細部にまでこだわった静止画を表現できることが魅力ですね。あと最近では、いろんなデザイナーや設計士の図面に触れられることも魅力だと感じています。基本的に図面は一般に公開するものではないので、もし自分が設計士であれば他の人の図面は見ることができません。その点、3DCGパースデザイナーはさまざまな図面に触れることができます。普段の生活では見ることが限られる設計の世界を、細部まで感じられるのは魅力だと思います。

——今後の展望を聞かせてください。

今後もデザイン論を意識しつつ、建築や空間デザインを知らない一般消費者にも鮮明にイメージが伝わる表現方法を考え続けたいです。近年は手軽にCGを作れるソフトが普及してきたので、一つの案件に対して複数のデザイン案をCGで検証し、提案できるようになりました。さらには静止画だけではなくアニメーションやVRを活用するなど、設計士のイメージをより鮮明に伝える手段も増えています。そうしたデザイナーや設計士とデザイン知識がない一般消費者をつなげるコミュニケーションツールを今後も増やしていき、よりイメージしやすい提案に力を入れていきたいですね。

——2024年2月に独立して、CG制作会社SILQ DESIGN(シルクデザイン)を設立したと聞きました。SILQ DESIGNとしての目標を教えてください。

3DCGパースに加えて、インテリアコーディネートにも注力した提案をしていきたいです。例えば、高価格帯の商品広告用CGを制作する場合、多くのCG制作会社はクライアント側が用意したコーディネーターの指示を基に、購入層を意識した空間演出を行います。そのような空間演出の提案も任せてもらえるといいですね。一つの会社で完結するCG制作会社にすることが目標です。

——最後にこれからデザインを学ぼうと考えている方にコメントをお願いします。

私自身も感じていたのですが、デザイン業界は華やかなイメージがあり、興味があっても転職への一歩を踏み出せない人もいるのではないでしょうか。もちろん華やかな側面もありますが、決してそれだけではありません。業界にはいろんなタイプの人間がいて、それぞれが自分のやり方で仕事に励んでいます。だから、絵を描くことが好きだったり、美しい広告が好きだったり、設計プランニングを考えるのが好きだったり。そうした何かに対して純粋に好きという気持ちを持っているのであれば、デザインの道に進んでいっていただきたいですね。

——世利さん、本日はありがとうございました。


今回のインタビューでは、3DCGパースデザイナーという職業や印象に残っている仕事、TDPでの学びについて世利さんに伺いました。

3DCGパースデザイナーとして、学生時代に培った建築や空間デザインの知識を活かしながらCGパース制作に励む世利さん。美しい表現を生み出すために、日々様々なものを観察し学び続ける世利さんの3DCGパースに対する情熱が感じられました。今後の世利さんの活躍に期待したいですね。

次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇SILQ DESIGN
 Webサイト:https://silqdesign.com/
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[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)、土屋真子
[写真]前田智広