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1|羽根田 洋|プロトタイピング・ジャンキー|大野人 in 東京

2019年12月5日(木) 18:00 @ 神田須田町
秋葉原駅と神田駅のちょうど中間にある築浅感漂うオフィスビルの7F。この3年間、新規事業漬けになりながらも、将来も新しいチャレンジを続けたいと話す羽根田さん。人と人、才能と才能をつなぐことによる達成感が病みつきになってしまっているプロトタイピング・ジャンキーは、ときに笑い、ときに爆笑しながら語ってくれました。

肩書は「未来企画室 室長」

僕は永和システムマネジメントというシステム会社の東京支社に所属しています。永和は本社が福井にあって、ここはその東京支社のコワーキングスペースという、外部の人が自由に出入りしていいよという場所です。ここでコミュニティのイベントを開催したりすると、社外から人が集まってきて、永和のことを知ってもらったりして、お客さんになるかもしれないし、社員になるかもしれないという意図のある場所です。

僕は永和で未来企画室の室長をやっています。永和の未来を企画するんですけど、大雑把に言うと新規事業開発です。 カッコ良く言うと、いままでこの業界のビジネスは、「こういうシステムがほしい」「経理システムを新しくしたい」というようなシステム開発案件を受託して、開発して、納品して、お金をもらう。人間の時間をお金に変えるビジネスモデルなので「フロー」なんですよ。でもそれって、結構世の中の環境にすごく左右されるんですよね。お客さんがITへの投資を絞りはじめると、途端に売上が下がる。だから「ストック」ビジネス、人間が動かなくてもお金を生むビジネス、を作りたいわけです。 

具体的には、例えば、福井大学と共同でやっている f.cessプロジェクト、 医学部向けの臨床診療実習を管理する事業開発があります。福井大学向けのシステムを納品したら終わりではなく、福井大学でまず使ってみてもらってから、他の大学でも使いやすいよう改良しながら、横展開をして新たなビジネスにしていく。こういうやり方のプロジェクトは他にもいくつも動きだしていて、水産仲卸さん向けのシステムとか、お菓子屋さん向けの来店人数の予測システムや、介護事業者向けの排泄予測システムというものまであります。どれも、実際使いたい人がいて、その人の意見をもらいながら、ほんとに使われるサービスに仕立てていく、そんなやり方が未来企画室の事業開発のやり方です。

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福井の会社に入ったはずが…

会社に入社したのは大学院を卒業した2002年で、もともとはエンジニア志望でした。僕は、最初の一年間はプロジェクトに入らずプログラミングの勉強をしなさいと言われたんですが、半年も経たないうちに「君は営業のほうが向いてるな」ってなったんです。エンジニアに向いてないって話じゃないですよ(笑)。システム開発の仕事って、そんなに新規営業の必要性って必要ないんですよ。ちゃんと仕事をしていればお客さんとの関係値ができる。そうすると、次の仕事もお願いとか、誰かを紹介するとかということになる。だから、営業職はあまりいらなくて、この会社でも営業専任でやってるのは全社員約200人中5人くらいしかいないんです。 

だから、新卒で入って最初から営業やってる人はそれほどいないんですが、入社したその年に東京支社立ち上げることが決まって、営業ということで立ち上げメンバーになりました。大学は群馬大学だったので、大野から出て群馬に住んでいたものの、親からも卒業したら帰ってこいと言われていました。そういうこともあって、福井で就職することにしたんですが、帰って一年もしないうちに東京に転勤になり、いつの間にか今年で17年目です(笑)。福井に帰ってきたからといっても、民間企業に入れば転勤とかもあるかもと少し期待してましたが、予想以上に早く大野をでることになりました(笑)。

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4年後予定のUターンで、仕事や生活は変わる?

最近、義理の母と一緒に住もうかという話があがったことで、実の両親との間でも「いつ大野に帰ってくるんだ」という話題になりました。そうなると、大野にUターンする時期を具体的に設定しなあかんなあってなりまして、その時期を約束することに。下の子が小学校卒業したからかな、と。なので、Uターンの予定は4年後。
Uターンしても、仕事は多分、福井でそのまま永和の仕事やってると思います。 クビにならない限り(笑)。多分、場所に縛られるような働き方ではないですし、出張することはあったりしますが、ウェブ会議をベースに仕事できるんじゃないかなって思ってます。本社福井ですし。今は結構お客さんも変わってきてて、絶対対面じゃないとダメとかはなくて、初回は会うけど、それ以外はウェブベースだったり、それこそフェイスブックでグループつくってやりとりするとか、そういう仕事のスタイル多くなってきてるんですよね。

そういう意味で、仕事の方はあまり変わらないと思うんですが、ライフスタイルは変わるとおもいます(笑)。まず、生活サイクルが両親と合わない(笑) これは大学卒業して半年くらい大野で過ごしたときも、いま大野に帰ってからも思ってるんでけど、親は昔の人なので夜は早く帰ってきて家族でご飯をたべるのが当たり前。 良いことなんですよ、もちろん。でも僕が普通に仕事して22時ぐらいに帰ってくると、ご飯用意してくれていたりする。僕は朝ごはん食べ ないですけど、朝ご飯どうする?みたいに毎朝聞かれる(笑) 柿切ったけど食べるかとか(笑) つい、いらんわ、と言ってしまう(笑)

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東京で結婚した相手と一緒にUターンするということ

山口県出身の妻とは東京に転勤になってから出会って結婚しました。彼女はいまはフリーとして働いていて、僕とおなじように新規事業の立ち上げを経験していて、ウェブ会議で仕事ができる環境なので、出張は多くなるとは思いますが、Uターン後も仕事を続けてもらえます。
結婚する前から、将来は大野に帰ると話をしていたので、Uターンのための説得というハードルはなかったです。ただ、気にしていたのは、妻がUターン後に孤独を感じるかもというような不安を抱かないよう、親とか友達を積極的に紹介していました。会社の飲み会にも呼んだりして、同僚のほとんどは妻のことをしってるんじゃないかなぁ。
むしろ気になるのは、子どものことですかね。小学校からの関係性が続いている大野に、中学校になってから転校してきて馴染めるかなぁ。

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大野で一夜だけ実現した大文字焼き(焼いてはいない)

大野に住んでいたときの思い出はいっぱいありますが、新聞に載った思い出としては、高校三 年生の時の大高祭。推薦で大学に入りたかったので、内申点をあげるために友だちと一緒に生徒会の会長と副会長になったんです。僕は大野高校の校舎が新しくなった年に入学した代なので、大高祭では誰もやっていない面白いことをやろうってなって、高校のグラウンドから見える砂山で大文字焼きをやったんです(笑)。でもさすがに火を付けるのは無理で、近くで工事やってる会社に100個くらいライトを借りて、生徒会長がカウントダウンして僕が点灯、みたいなことをしてました。50m×50mくらいの大きさで。福井新聞に載りました。卒業したあと、次の年もやろうってなってみたいなんですが、いろいろ問題があって一 年限りのイベントになったみたいです。

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いまの大野の若者たち(30代)、本当に素晴らしい。

僕は今年、仕事で福井に行く機会が多くて、昨日も福井にいたんですよ。今年は 6:4で 、4割くらいは福井にいます。その時は実家に帰ることもあるので、月に2,3日は大野に滞在してます。そういう流れで大野に滞在してるから、ということでもないですが、 去年参加したみずコトアカデミーとか東京912で大野に住んでる若者と接触する頻度が増えてきて、本当に驚いています。自分が住んでいた頃とか、自分が若かった頃にはいなかった、想いをもって行動する素晴らしい若者が大野にいっぱいいるんです。
「関係人口」の本を書かれた田中輝美さんも近いことおっしゃってたのですが、我々の年代(1970年代後半生まれ)を境に上の人は高度成長期のノリが残ってるけど、下の人たちはモノが溢れていて、内面とかアイデンティティに向き合うことになって、地元とか田舎に向かう、みたいなおっきな流れがあるのかもしれないですね。

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これからやりたいこと

ずっと新しいチャンレンジには関わっていたいですね。これまで新規事業の仕事を三年やって得られた自分の財産は、色んな人と出会って知り合いになれたことなんですよ。その人たち同士を繋いだりとか一緒にプロジェクトをつくるのは楽しいですよ。繋がる相手は基本的にこちらと補完関係にあることが多いんです。例えば、相手は美味しいシイタケの作り方は知ってる、でも相手はシステムのことは知らない、だから補完関係になる んですよね。 
新規事業でやりたいのはデータビジネスです。 一定のサービスを提供している間に副次的に得られるデータを集めて、それを二次利用してビジネスにする。
例えば、しいたけの管理システムをつくって、それをいろんなしいたけ農家の人に使ってもらえるようになる。そうすると、どの時期にどの地域でどれくらいの量のしいたけが出荷されるのかといったデータが得られるようになると、スーパーマーケットはそのデータをお金を出してでも欲しいと思うかもしれない。
しいたけの例を挙げていますが、農業をはじめとする一次産業はITとの相性が本当に良いと思います。もし、一次産業 × ITシステムに興味がある方がいたら、僕のメールアドレス(h-haneda@esm.co.jp)を公開するので、連絡いただけたら嬉しいです。将来性がありそうな話でしたら、プロトタイプをつくるところまでは費用をかけずにすすめることもありえます。

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1日の過ごし方(平日)

朝6時〜7時くらいに起きて、子供 を学校に行かせる。早く着替えなさい、早く飯たべなさい、みたいに(笑)そういう時間が二時間ぐらいあって、出社するる予定があったら出社しますし、基本在宅で仕事することも多いです。会社に来て仕事をやるときは、大体19時20時くらいに終わって、帰りに 立ち 飲み屋によって一人で呑んで帰る、みたいな(笑)

1日の過ごし方(休日)

土日の方が忙しいんじゃないかって思うくらい忙しいです(笑)。子供がサッカーをしていて、そのチームボランティアコーチやってるですよ。サッカーやったこと ないんですけどね(笑) 。土日祝日の朝は、雨が降らなければ朝8時にはグラウンドにいます。だから、もう毎週雨降ってくれねえかとおもってます(笑)。 大体、それで午前中つぶれまして、家に戻ってきて、料理作るのが好きなので、午後はお酒飲みながら料理をつくって過ごします。

羽根田 洋(はねだ ひろし)
1977年生まれ
大野市明倫町出身(六間と本町の角。旧西校の真ん前)
有終西小→開成中→大野高校→群馬大学(+大学院)→㈱永和システムマネジメント
「大野人 in 東京」では、インタビューにこたえてくださる東京(近郊)に住み働く大野人の方を探しています。世界的、全国的に有名だったり、輝かしい功績をのこしてらっしゃる必要はありません(そういう方も大歓迎です)。

東京912は福井県大野市出身のボランティアメンバーで運営しており、「大野人 in 東京」に出ていただく方々にも無償でインタビューを受けていただいています。が、多少の経費はかかっていたり、年に数回開催するイベントは基本赤字です笑 サポートいただけるようでしたら、大変ありがたいです。