作家残酷物語 作家志望の男
最近小説を書き始めたMのW大の後輩で、作家志望の男がいた、
まだ三年生、留年してでも作家の糸口を見つけようとしていた
あるとき、ふと受験のとき習った、文学の奥義が浮かんだ
不易流行
なかなかいいフレーズだ、確か松尾芭蕉の言葉だったかな、うまいこと言うよ
永遠なるものと常に変化する流行、ヘーゲル的にアウフヘーベンする止揚かな
でも頭の中でうまく述べても、この男、どこの地方出身かわからないけど、ハ行、ハヒフヘホをうまくしゃべれなかった、ファフィフュフェフォ、うん、うまく舌が回らない
頭ではうまくしゃべっているのになあ
男は作家志望なので、
当然、文芸部なんかに入っていた
なので部の下級生から、こんな質問を受けることもあった
ー先輩、ぼくも多少、詩とか小説を読んでわかっているつもりですけど、文学の命ってなんですか
ー無益な流行だよ
ーさすが先輩、達観していますね、流行に作用されない境地ですね
おもわず、不易流行だよ、というつもりがしゃべりやすい言葉が出てしまった、まあ、いいか、うふふ
また将来の知識人たる作家になるためにも、
文学理論も学んでいた、
これもたぶんに高校の教科書からお借りしていた、お馴染みのフレーズ
虚実皮膜
いい文句だ、これは近松門左衛門だな
真実は、虚構と現実との微妙な関係にある、ナイーブな薄い皮ってわけだ
つまり、虚にして虚にあらず、実にして実でないよって感じかな
じつは困ったことに、これも皮膜にハ行が入っていて、口に出すとき、なかなか
せっかくいいフレーズを知っていたのに
これもまた、じつは部の後輩と同じような場面に出会った
ーおう、君、小説家をめざしているんだって
おもわず振り向けば、後ろから、いつもお世話になっている文学部教授の声
でも作家志望の男は法学部だった
バルザックも大学は法学部だったけど、作家になっても不思議でなかったし、文句をいわれる覚えはなかった、ちなみに三島由紀夫もそうだった
ーええ、勝負したく願っております
ーそう、でも一度は社会に出て、経験を積んでからでも遅くはないんじゃないか
ーええ、そうですかね、スタンダールもいっています、小説は社会を写す鏡だ、それに近松も虚実の無役だともいっていますしね
ーいや少しは、役にたっているんじゃないの
たぶん男の頭の中では、話の流れから、虚実皮膜などと、のたまわっているはずだった
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