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憲法無効論の弱点

昭和憲法についてはハーグ陸戦条約43条違反をいって無効を主張するのが保守派の常套手段。なのに、教育勅語の廃止についてハーグ条約違反をいわないのはなぜだろうと思っていました。問題の根っこを問い直すきっかけにはなるように思います。尤も、第二次世界大戦にはハーグ条約の適用がないとした戦後の判決例もあるのでご注意を。
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法律家の議論を知っておかれるのも、何かの役に立つかも知れません。
僕は、憲法無効論の根拠としてハーグ条約違反を持ち出すのは、法的な議論としては、失当だと考えています。 そもそも日本国憲法の制定がハーグ陸戦規約に違反するかどうかという出発点において錯綜した議論があるだけでなく、「ポツダム宣言の受諾」は、新憲法の制定も含んでいるという解釈が有力です。
それだけではなく、憲法と条約のどちらが優先するかという議論にも関わります。
国際法学会では、条約優位説が有力ですが、憲法学会では、憲法優位説が通説です。

日米安保を違憲だとしなかった砂川事件最高裁判決は、憲法優位説をとっています(そもそも条約優位説であれば、日米安保条約が日本国憲法に違反するかという疑問が成立しません)。
仮に、日本国憲法の制定がハーグ陸戦条約に違反していたとしても、憲法優位説の立場からは、日本国憲法を無効とするという理屈は成り立たないわけです。

実のところ、宮澤俊義が唱えた八月革命説は、いまだに「東」の憲法界隈では通説だそうですが(佐々木惣一の影響が残存している京都大学では、八月革命説を奉じる憲法学者はいません。)、八月革命説の最大の弱点は、この点にあります。
八月革命説は、ポツダム宣言の受諾をもって、明治憲法は革命によって失効したと捉えますが、ポツダム宣言という条約によって憲法の効力がなくなるという理屈は、「極端な国際法優位説」でしか導けないと批判されています。(例えば、佐藤幸治・京都大学名誉教授。私の師匠)。条約優位説を貫けば、憲法制定後に締結された日米安保条約によって憲法9条は改正されたことになるからです。

それでも、ハーグ陸戦条約を持ち出すことが、「政治的」に有効であれば、法律論としては瑕疵があっても、これを奉じるというのも理解できるのですが、僕にはとてもそうは思えないのです。

いざ、自民党の政治家が、ハーグ陸戦条約違反を理由に、日本国憲法に瑕疵があると主張すれば、たちまち、野党から、
①そもそも違反はない!(これは東大憲法の主流である芦部教授の立場)。
②ポツダム宣言は日本国民の意思による体制変更を求めている。貴様はポツダム宣言を読んだこともないのか!(これは共産党の立場)
③違反しても無効にならない。条約に違反したら憲法が無効になるというのは素人的な短絡だ!(京大憲法学の立場)
という各方面からの批判が総掛かりで浴びせられるでしょう。それら全てについて、即座に説得的な反論をくりだせなければ、議論に負けたというレッテルを貼られてしまいます。

僕は、①②は反論できますが、③を反論できないため、ハーグ陸戦条約違反という主張は、封印することにしました。

これまで、ハーグ陸戦条約違反という論理が、あまり叩かれて来なかったのは、これを表舞台で主張する政治家がいなかったためです。学者のなかでは、このことを主張する人も散見しましたが、いずれも、学会の主流として認知されていない方々であり、失礼ではありますが、メインストリームでは相手にされてこなかったというのが実情です。
(2017/04/12)

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